国際市場からのロシア締め出しが進む中で、ロシアが輸出してきた化石燃料の穴埋めのため、油田としての中東の価値が改めて注目されている。こうした中で、イラク石油省は、3月の原油輸出量が1億バレルを超えたと発表した。それによる莫大な原油収入は「国家の発展に寄与する」と付け加えた。一方で政治的安定への道のりは遠い。シーアとスンニ、アラブとクルドなど分断の軸は多く、複雑に絡みあう。安定した資源の供給には、国内の安定が欠かせないが、昨年10月の総選挙から年が明け、半年近くが経った今も、新政府樹立に難儀している。

 

 イラクは目下、大統領選挙の最中にある。イラクの大統領職は名誉職に近く、その選挙にはあまり関心が払われないことが多いが、今回は思わぬ盛り上がりを見せている。大統領は国民議会内の選挙によって選出されるが、先月30日の3回目の投票を経ても、まだ決めることができていないのである。サダム・フセイン政権崩壊後の新生イラクの大統領職は、2004年のジャラル・タラバニから現職のバルハム・サリフに至るまで、クルド人、それもクルディスタン愛国主義者連盟(PUK)の人物が就いてきた。PUKとは、イラクのクルディスタン地域を二分する勢力の一つで、もう一方はクルディスタン民主党(KDP)である。今回、そのKDPが今回、候補者を立てたことで話がこじれている。KDPとPUKの間には、戦争を含む長い対立の歴史がある。イスラム国の脅威が迫った時期は協調の動きも見られたが、近年、PUK側の内部対立と指導部の混乱もあり、KDPとは元の対立関係とまではいかないものの子供じみた意地の張り合いをしているように見える。先月25日、PUKは指導者バフェル・タラバニを含む代表団が、KDPなどを訪問したが進展はなかった。また、イラクの現状を憂うシーアの大物ムクタダ・サドルは、PUK側と電話会談を実施したが、PUK側は「KDPとのいかなる会合にも出席しない」と態度を軟化させることはなかったと29日、伝えられた。一方、KDPもクルドの団結には関心がないようだ。昨年10月の総選挙では、クルド勢力が多くの議席を獲得し、存在感を高めることになった。KDPは、クルドの団結よりもサドル派と協調しイラク政界内における影響力拡大に腐心している。イラク国民の多数派であるシーアにも同様の分断がある。イランの支援を受けるシーア系の党派の専横ぶりと腐敗に、シーア住民の中には反感をもつものが少なくない。それが昨年の選挙でサドル派が大勝したことにつながった。イラク情勢を語る上で欠かせないシーア対スンニ、アラブ対クルドといった単純な対立軸は通用しなくなっている。

 

 一方、ウクライナ危機に伴う食糧価格高騰が、燻り続けたイラクの危機を再燃させている。ウクライナは多くの中東諸国の穀倉となっており、イラクなどはロシアの軍事侵攻による食料品輸入途絶の影響を強く受けている。イラクでは、一昨年から反腐敗デモが大きな盛り上がりを見せていたが、その中心地で先月9日、500人規模の抗議集会が実施されたと報じられた。イギリスなどは、原油特需による収入を食料品調達に回すべきと勧告しているが、それがままならないのが現状だ。イスラム国が台頭した2014年とは異なり、内戦の機運が高まっていないことだけが救いである。

 

 

Roni Namo

 東京在住の民族問題ライター。大学在学中にクルド問題に出会って以来、クルド人を中心に少数民族の政治運動の取材、分析を続ける。クルド人よりクルド語(クルマンジ)の手ほどきを受ける。日本の小説のクルド語への翻訳を完了(未出版)。現在はアラビア語学習に注力中。ペルシャ語、トルコ語についても学習経験あり。多言語ジャーナリストを目指している。