2020年1月5日

 アボカドがマフィアの資金源となっている。世界最大の生産地、メキシコではアボカドの強奪、農園関係者への恐喝、強要、脅しが常態化し、要求に従わない住民を誘拐、殺害するケースが相次いでいる。アボカドをめぐる犯罪組織同士の抗争で治安の一段の悪化を引き起こし、地域によっては「無法地帯」に陥っている。南アフリカやニュージーランドなど他の生産国でも、アボカドが盗まれる問題が深刻化し、アボカドのブラックマーケットが世界規模で広がっている。(画像はイメージ)

 

 アボカドは「グリーンゴールド」と呼ばれる。世界的な健康志向の高まりでアボカドの消費量が急速に伸び、生産すればするほど儲かる金のようになっているだからだ。世界のアボカド生産量はこの20年で3倍になった。

 トップ生産地のメキシコは世界の生産量の約35%を占める。

 アボカドが一般的に注目され始めたのは1990年代。米国ではカリフォルニア州が主な生産地で、ブーム初期は国内需要を米国産でまかなってきたが、供給が需要に追いつかない事態が続いたため1997年、メキシコからアボカドの輸入を開始した。

 現在、米国は世界最大のアボカド輸入国である。害虫の侵入を防ぐという名目で、産地であるカリフォルニア州を保護するために、メキシコの限られた自治体からしかアボカドの輸入を認めていない。そのほとんどが中部のミチョアカン州だ。

 そのメキシコでは2013年までに、犯罪組織がアボカドを資金源にする動きが全国的に広がった。アボカドを生産する農園や輸送業者から「みかじめ料」の支払いを強要した。中世の欧州の騎士修道会「Knights Templar」(テンプル騎士団)をグループの名に冠した犯罪組織がこのやり方で勢力を伸ばした。

 「knights Templar」のリーダーが他のグループとの抗争で殺害され、いったんはアボカドを標的とした強要が静まったが、その後、「Viagras」(バイアグラス)という組織が現れる。創設者の1人がジェルをたっぷり使って髪の毛を立たせていたことから、勃起不全薬をグループ名にした。ふざけた名前だが、アボカドを資金源にする手法は残酷かつ大胆だ。

 メンバーは森に機関銃とチェーンソーを持って現れ、次々に木を切っていく。抗議に来た地元住民には銃口を向け、黙っているように脅す。一帯の伐採が終わるとメンバーは、これまでの犯罪グループが植えた大麻草などではなく、より利益率の高いアボカドを植えたのである。

 「Viagras」は地元住民を酷使してアボカドの栽培をさせ、軌道に乗ると、周辺のアボカド農家も含め1ヘクタール当たり約250ドルの「税金」を徴収するようになった。名目は他の犯罪組織から守るための「用心棒代」だ。

 「税金」の支払いを拒んだ農民には容赦がない。農園の主だけでなく、婦女子を含むその家族まで殺害することも辞さない。

 他の犯罪グループも「Viagras」を真似て、ミチョアカン州を中心にアボカド農家を食いものにする。このため犯罪組織同士の抗争が頻発する。

 隣接するハリスコ州を根城にする「Jalisco New Generation」は「Viagras」の最大のライバルで、抗争は日常茶飯事だ。抗争は激しい銃乱射を伴う。暴力による理不尽な「税金」を取り立てられた上に、抗争の巻き添えとなって命を失うアボカド生産関係者の無念は筆舌に尽くしがたい。

 

 2019年8月、ミチョアカン州ウルアパンで凄惨な事件が起きた。銃で撃たれた19人の遺体が市内の大通りで見つかり、うち9人(男性7人と女性2人)は半裸でバイパスの高架橋からつるされた。他はバラバラ死体となって路上に散乱していたのだ。

 被害者は「Viagras」のメンバーやその知人とみられ、つるされた死体の間には「Jalisco New Generation」による犯行声明を記した白い横断幕が掲げられたいた。

 「親愛なる人々はいつもの仕事を遂行してくれ。忠誠を誓い、Viagraを殺せ」

 捜査当局はアボカドの闇取引をめぐる対立とみているが、見せしめのような大量殺戮は犯罪組織がはびこるメキシコ社会の病根そのもの。世界で愛されるアボカドの背景にある深い闇を世界が目の当たりにした。

 これほどの派手な凶悪事件に発展しないまでも、アボカドが盗まれるのは日々、当たり前のようにある。メキシコの生産者の試算では、国内で毎日、約48トン(輸送トラック4台分)のアボカドが盗まれているという。アボカドの窃盗は南アフリカやニュージーランドでも深刻化している。盗まれたアボカドはソーシャルメディアなどインターネットで取り引きされるケースが多いといわれ、衛生面や価格面で、正規に流通するアボカドに悪影響をもたらせている。

 こうした現状を憂慮し、欧州の一部有名レストランなどでアボカドを食べることを止める動きがある。アボカドを購入しないことで犯罪組織の資金源を絶つ、という発想だ。しかし、問題はそのような簡単な発想では解決しない。

 メキシコでは生活のためにケシなど薬物製造の源となる植物の栽培に手を染める農民が多い。こうした農民が栽培する植物をアボカドに切り替え、健全な農家になっているケースが多くある。アボカドをボイコットすることは、貧困から脱しようと懸命に努力するメキシコの農家の取り組みまで台無しにしてしまう可能性があるからだ。

 アボカドが悪いのではない。こうした現実を知ろうとしない世界レベルでの無知と無関心が反社会勢力をのさばらせるのである。

 

 

Taro Yanaka

街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

趣味は世界を車で走ること。