サウジアラビアなど産油国のドル離れの予兆、暗号資産(仮想通貨)デジタル人民元の導入で中国が通貨覇権を目指す動きを加速させるなど、基軸通貨である米ドルの信認が失われつつある。米国は石油取引によって米ドルを還流させるシステム構築に成功したが、その足元が揺らいでいる。こうした状況下、米連邦準備理事会(FRB)が今夏に中央銀行デジタル通貨(CBDC)の報告書を公表することを明らかにするなど、米国も重い腰を上げた。(写真はFRBの建物。Yahoo画像から引用)

 

 

 まずは、通貨と石油取引を結び付けた米国の戦略を振り返ってみよう。きっかけは、米ドルが建前上、金(ゴールド)と交換できるとしたブレトンウッズ体制の崩壊にあった。1971年8月、ニクソン米大統領(当時)は米ドルと金との交換停止を突然、発表した。いわゆる「ニクソン・ショック」だ。1973年に変動相場制に移行したドルは、米政府が信認するペーパーマネーとなったわけだ。

 

 ニクソン・ショックによってドルの信用がなくなったわけでなかった。米国はエネルギー取引に目を付けた。前述したように、ペトロダラー体制の確立を目指したのだ。米ソ冷戦構造のなか、20世紀後半にソ連が消滅した一方、米国が唯一の超大国として君臨し得たのはペトロダラー体制に起因するとされる。

 

 ペトロダラー体制は米国がサウジアラビアと組んで作り上げたとする見方が一般的だ。1974年、当時のキッシンジャー米国務長官がサウジの首都リヤドを訪問し、ファハド皇太子と会談。石油決済でサウジがあらゆる国々とドル建てで行なうとした一方、その見返りとして米国はサウジの安全保障を確約するとした。会談内容が明らかにされなかったため「ワシントン・リヤド密約」とも呼ばれた。国際石油資本(メジャー)などの試算によると、ペトロダラーの市場規模は約8,500億ドル(2017年ベース)と見積もられている。

 

 さて、ここからはドル覇権をめぐる最近の動きだ。2019年9月には、ロシア石油大手のロスネフチが原油取引などの決済で米ドルに代えてユーロを採用すると報じられた。20年11月半ばには、サウジアラビア国営で、世界最大の石油会社であるサウジアラムコが中国の人民元建ての債券発行に乗り出すとの情報が伝わった。米大統領就任が確実視されていたバイデン氏がイラン核合意への復帰に意欲を示していたときだ。米国の中東政策がトランプ前政権から大きく転換することを懸念するサウジ政府が米国を牽制するため、人民元の利用に乗り出したとの憶測も浮上した。

 

 中国の習近平指導部が推進する「デジタル人民元」は、国家による法定通貨の認定、破綻リスクに直面した場合も国家の裏付け保証がされるため、加速度的に普及する可能性が高いとされる。2020年10月半ば、中国はデジタル人民元の発行に向け、広東省で実証実験を開始済みだ。

 

 ここ数年、暗号資産(仮想通貨)導入をめぐる論争が激しくなっている。発端は米フェイスブックが2019年6月に仮想通貨「リブラ」構想(現ディエム)を公にしたことだ。欧米の金融当局は当時、既存の金融システムへの悪影響や、不正送金の温床になるなどと主張し、リブラ導入の動きを牽制した。

 

 2019年10月に開催された20カ国・地域(G20)の財務相・中央銀行総裁会議では、リブラなどが発行を計画するデジタル通貨には深刻なリスクがあり、各国がその発行を認めない方針を確認した。

 

 デジタル人民元の発行を急ぐ中国は2021の北京冬季五輪までの発行を目指すとされる。他方、リブラ発行に反対の姿勢を示していた欧州連合(EU)は、ECB(欧州中央銀行)がデジタルユーロの発行に向け、大きく方向転換した。仮想通貨「ディエム」など民間企業の動きも活発だ。

 

 FRBのパウエル議長は5月20日、ワシントンからの動画メッセージで、CBDC導入の可否にあたり、世論の支持を探る意向を強調した。出遅れ感のあったFRBが動き出したことで、世界の通貨覇権争いは今後、熾烈さを増していく。通貨問題は国際金融の構造を一変させる可能性が大きい。超大国としての地位を保ち続けるため、米国はあらゆる手段を総動員し、通貨覇権を死守することになる。

 

 

 

在原次郎

 ジャーナリスト。エネルギーや鉱物、食糧といった資源を切り口から国際政治や世界経済の動向にアプローチするほか、コモディティのマーケットにかかわる歴史、人物などにスポットを当てたリサーチを行なっている。『週刊エコノミスト』などに寄稿。