10月10日、イラクで3年ぶりの国民議会総選挙が行われた。イラクは、フセイン政権崩壊から18年、イスラム国からのモスル奪還から4年を経たいまも、慢性的なテロ、政治・経済危機に見舞われている。イラク政情の安定は、地域の安定にも直結するため、今後判明する選挙結果の行方が注目される。(写真はYahoo画像から引用)

 

 日本のメディアでは、米軍撤退の是非が主な争点などと報じられている。アフガニスタンからの米軍撤退を巡る騒ぎが世界中で話題となったこともあり、米軍部隊が残るイラクでも駐留の是非は大きな関心を集めた。イラクの行方にとってより重要なのは、イランとの距離をどうするかだ。イランは、米国よりイラクに深く介入している。隣国、そしてイラクで多数派のシーアの”盟主”を気取っていることもあり、軍部隊が去れば影響力が消える米国とは、比べものにならない困難さがある。「国家の自立」という問題が主要な争点となったわけである。

 

 2018年の選挙でも票の再集計など開票は大幅に遅れたが、今回も投票から1週間以上経過した18日、やっと選管より最終結果が公表された。サドル派が328議席中72議席を獲得し、前回同様、多数派となった。サドルは、シーアの指導者一家出身で、義理の父、ムハンマド・バーキルはサダム・フセインに処刑された。サドルは、狂信的な宗教指導者ではなく、シーア国民一辺倒ではない。サドルと実際に接したジャーナリストによると、イラクの自立を願うナショナリストだという。

 

 サドルは、米軍のみならず、イランとも距離を取るべきと訴えた。シーア国民も、イラン傘下勢力の専横に怒っており、その民意がサドルの勝利につながった。イラン傘下勢力は議席を減らした。サドル派とイラン傘下勢力との衝突も早速伝えられた。2018年の選挙の時にも、票の保管場所から不審火が出たことがあった。これはサドル派の躍進を疎ましく思う勢力の仕業と推測され、イランの影がちらついた。イラン傘下勢力の手下は前回同様、「不正選挙」を訴え街頭で抗議運動を行っている。サドル派も単独過半数をとることはできないので、連立協議に入ることになり、イラン傘下勢力とも妥協をする必要が出てくるだろう。米国は簡単に追い出せるかもしれないが、イランの影響力から簡単に脱することはできない。

 

 さらに注目すべき点は、前回同様、クルド系政党の躍進である。クルディスタンにはいくつかの政治勢力が存在するが、地域政府を主導するクルディスタン民主党(KDP)が33議席を獲得した。やはり、クルド人地域以外で支持が広がったようにはみえないが、国民の大多数を占めるシーア系国民の票が分散するなかで、イラン傘下勢力の政治勢力には差をつけている。

 

 KDPの幹部は選挙後、イラク政界で大きな役割を果たすようになると自信を見せた。KDPと並ぶクルディスタンの2大勢力、クルディスタン愛国者連盟(PUK)は16議席獲得したと伝えられ、ライバルのKDPは「クルドの団結」について協議した。KDPとPUKの議席を合わせると49議席で、中央政界にクルド人の声を届けられる。クルド人は2017年に独立を問う住民投票を実施したが、その後のイラク政府、トルコ、イランによる制裁で独立の旗は引っ込めた。中央政府に屈服したように見えたが、2018年の選挙で一定の議席を確保し、どの勢力も単独過半数をとれないイラクの政治状況のなかで発言力を高めてきた。今回、イラク政治における地位をさらに確固たるものにした。

 

 

Roni Namo

 東京在住の民族問題ライター。大学在学中にクルド問題に出会って以来、クルド人を中心に少数民族の政治運動の取材、分析を続ける。クルド人よりクルド語(クルマンジ)の手ほどきを受ける。日本の小説のクルド語への翻訳を完了(未出版)。現在はアラビア語学習に注力中。ペルシャ語、トルコ語についても学習経験あり。多言語ジャーナリストを目指している。