メキシコでアボカド農園を経営していた男性が、家族、親族を引き連れて米国に亡命を求めた。移民問題専門のニュースサイトが報じると、移民らの間で衝撃として伝わり、このニュースサイトの2021年の10大ニュースに入った。アボカドの栽培や流通を支配しようとするメキシコの犯罪組織による農家への攻撃は、一段と激しさを増している。男性は有望な稼ぎ口と大きな家を捨て、家族の命を守るために米国に逃れることにした。

 

 このコラムで、アボカドに犯罪組織が群がっていることを何度か伝えた。

 

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 カルテルと呼ばれるメキシコの犯罪組織がアボカド農家からみかじめ料を徴収し、収穫したアボカドを強奪する。要求に応じない農家には、誘拐や性的な暴力が待っている。米国への輸出で莫大な利益を生み出し、「グリーンゴールド」と呼ばれるアボカドの「あがり」をカルテルが横取りする。

 

 メキシコ政府の取り締まりがあまりにも形式的なため、農家は武装した自警団を組織して対抗しているが、カルテル追放はほど遠い。

 

 一方のカルテル側は、森林を違法伐採して自らアボカド栽培に乗り出すなど、アボカドへの関与を強めている。農家への度重なる脅しも、みかじめ料の要求だけでなく、アボカド畑の乗っ取りを目的としたものになってきており、さらに悪質化している。

 

 そんな中、米国の移民問題専門ニュースサイト「Border Report」が2021年7月、メキシコ・ミチョアカン州でアボカド農園と出荷のための箱詰め工場を所有している男性が、米国との国境の街、ティファナの移民収容施設に滞在していると伝えた。

 

 この男性は家族と従業員を守るために、1カ月2500ドル(28万5000円)相当をカルテルに支払っていた。2020年初めに弟が誘拐され、身代金をカルテルに支払ったが、弟は行方不明のままだという。男性は取材に対し「日々、人々は脅迫されている。殺され、行方不明になる。死体は毛布かごみ袋にくるまれて見つかる」と話している。

 

 男性は恐怖で眠れない状態が続いていたが、ある朝、目覚めた時、この状態で生きていくことはできないと限界を感じ、アボカド農園を捨てる決心をしたという。

 

 男性がアボカド農園を所有していたミチョアカン州はメキシコで唯一、米国へのアボカドの輸出が認められている州だ。男性はメキシコで最もアボカドの恩恵を受けていた市民の1人といってもいい。

 

 「Border Report」によると、そのミチョアカン州からティファナにやって来る移民希望者が増加傾向にあるという。移民希望者の中には、アボカドに関係する仕事をしていた市民が多い。移民支援団体は、アボカド産業を支配しようするカルテルの動きが強まっていると分析している。

 

 カルテルは最近、ドローンを使ってアボカド農家を攻撃する。農園で作業をしている労働者に向けて、上空から手りゅう弾などを落とすのだ。カルテルは麻薬の密輸にドローンを使用してきた。メキシコ側からドローンを飛ばして米国内に麻薬を投げ落としていたが、ドローンを暴力行為にも使うようになった。ティファナに逃れたミチョアカン州からの移民希望者はドローンの恐怖を口々に語る。

 

 「Border Report」は9月、この男性とその家族、親類23人が亡命希望者として米国に入国することが許可されたと報じた。

 

 7月と9月のニュースは移民を始め多くの読者の話題になった。米国への移民希望者は母国で食べていけない人々がほとんどだが、この男性と家族はアボカド農園を経営していた富裕層だ。こうした富裕層でさえ国を捨てなければならなくなるほど、メキシコのアボカド農家を取り巻く環境は異常である。12月末に掲載された「Border Report」の2021年10大ニュースでは、7月の記事が3位、9月の記事が9位に入った。移民に冷たかったトランプ政権からバイデン政権への移行のニュースは10位だった。

 

 米国プロフットボールNFLの最高位を決めるスーパーボウルは、米国最大のスポーツイベントである。今年は2月13日、ロサンゼルスで開かれる。多くの米国人がテレビの前でゲームにくぎ付けとなる。観戦の「お供」となるのがアボカドで作るメキシコ料理のワカモレだ。スーパーボウルの当日は、アボカドの「一大消費日」でもある。

 

 メキシコのアボカド業界関係者によると、スーパーボウル需要に向けたアボカド輸出は絶好調だという。輸出量はスーパーボウル需要だけで14万トン。前年比4%増で過去最高になる見込みだ。

 

 アボカドや、アボカドを食べる市民に罪はないが、スーパーボウルに酔いしれながらアボカドを口にする米国民の頭の中に、アボカド農家の悲劇は存在しない。

 

 メキシコ農務省は先月、ミチョアカン州だけが認められていたアボカドの対米輸出について、ハリスコ州についても輸出が認められたと発表した。害虫対策が米国の基準に達したためだ。6月以降、ハリスコ州産のアボカドも米国内に出回り、旺盛なアボカド需要を支える。

 

 そのハリスコ州は犯罪組織「The Jalisco Cartel New Generation (Cartel Jalisco Nueva Generación)」の誕生の地だ。凶悪で勢力拡大が著しい、メキシコで最も恐れられているカルテルの代表格である。

 

 

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Taro Yanaka

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 趣味は世界を車で走ること。

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