「のさばる悪を何とする。天の裁きは待ってはおれぬ。この世の正義もあてにはならぬ・・・」――。

 

 時代劇「必殺」シリーズで、藤田まことが演じた中村主水が初めて登場した「必殺仕置人」のオープニングのナレーションである。権力や威光に背を向けて、庶民の尽きせぬ恨みを晴らす「闇の処刑人」を描いた異色の時代劇シリーズだ。エンターテイメントだからこそ成り立つ話だが、中南米では、必ずしも「正義」は庶民の近くに存在するわけではなく、「必殺」シリーズのような世界が現実に広がっている。

 

 このコラムで今年1月、中米メキシコのマフィア(カルテル)が農作物のアボカドを資金源にしていることを伝えた。

 

https://plus.iru-miru.com/ja/article/39029

 

 アボカドは世界的な健康ブームに乗って、消費量が爆発的に増加した。「グリーン・ゴールド」と呼ばれるほど「カネの成る」果実となった。これに目を付けたカルテルは、誘拐や婦女暴行で農民を脅し、みかじめ料を吸い上げる。

 

 逆らった農民と家族は殺害され、見せしめとしてさらされる。カルテルは力を誇示し、市民の暮らしを暴力で支配している。

 

 取り締まるはずの警察や軍も期待できない。汚職が蔓延し、情報はカルテルに筒抜けだ。カルテルに飼いならされた政治家が幅をきかせ、社会から暴力を締め出すことなど到底、できないと国民は感じている。

 

 天の裁きも待てず、この世の正義もあてにできない世界がアボカド農家を苦しめる。

 

 そのアボカド農家が武器を手に立ち上がった。住民連合を組み、私設の検問所など設置して幹線道路の通行を規制して、カルテルの侵入阻止を図った。

 

 中部のミチョアカン州はアボカドの一大産地だ。サルバドール・エスカランテ、アリオ・デ・ロサレス、ヌエボ・ウレチョ、タレタン4つの自治体の農民が連合し「Pueblos Unidos(United Towns)」と呼ばれる組織を結成した。アボカド農家と農園労働者の3000~5000人が参加している。

 

 州内では、少なくとも9つのカルテルが暗躍している。アボカド農家への恐喝、アボカドの強奪だけでなく、組織同士の縄張り争いを繰り広げ、市民が巻き込まれるケースが後を絶たない。

 

 このため住民連合は、カルテルが支配する町と4つの自治体につながる54カ所のポイントで道路を封鎖した。ライフルや拳銃で武装した農民らが昼夜警備し、カルテルの侵入を防ぐことに一定の成果をあげている。

 

 カルテルがこの地域で要求してくるみかじめ料は、アボカド農園1ヘクタールあたり5万ペソ(約2500米ドル)だ。家族などが誘拐されれば30万ペソ(15000米ドル)ほどの身代金を要求される。

 

 「それを考えればライフルを買うカネなんか安いものだ」というのが農民たちの共通の意見だ。

 

 ましてや家族が誘拐された場合、身代金を払っても、家族が助かるとは限らない。農民たちは武器を手にすることで、「暴力による支配」という絶望の淵から逃れる小さな光を見出そうとしているのだ。

 

 しかし、メキシコ政府は農民の武装化を認める訳にはいかない。ロペスオブラドール大統領は今年6月の記者会見で、「治安は国家が担うもので、自警団は存在すべきものではない、とうのが自分の意見だ」と述べた。また大統領は、カルテルはこれまでも自警団を隠れ蓑にしていたことを指摘し、「カルテルは暴力にうんざりしている人々に変装している」と指摘した。

 

 大統領の発言後、すぐに治安担当大臣がミチョアカン州の農民に対し、警察官の配備の増強などと引き換えに「武装解除」を求めた。

 

 しかし農民らは直後に州内で集会を開き、「今、武装解除することは、カルテルを第1に考えることと同じだ。武装解除するのは、治安部隊が我々の安全を保障できるようになった時だけだ。その時、自ら武器を捨てる」と主張し、政府の要求を跳ねつけた。

 

 メキシコでは自警団がそのまま、カルテルになってしまうケースが実際にある。自警団をしているうちに、うまみを味わって暴力組織に「変身」してしまうのだ。自警団の内部に潜り込んだカルテルメンバーによる懐柔も巧みだ。

 

 大統領の指摘は、そうした過去の経験から出てきたもので、的を外した話ではない。

 

 しかし、ミチョアカン州のアボカド農家も、その点を熟知している。彼らは今回の連合組織を自警団と名乗ることを、かたくなに拒否している。

 

 メキシコでは9月28日、メキシコシティの南にあるモレロス州で著名なジャーナリストが多数の銃弾を浴びて殺害された。警察は容疑者の行方を追っているが、取材に関係する事件とみている。

 

 国際非営利団体のジャーナリスト保護委員会(CPJ)によると、メキシコはジャーナリストの命が危険にさらされている国の中の1つで、今年に入り少なくとも3人のジャーナリストが、取材に絡んで殺害されている。

 

 ロペスオブラドール政権は汚職撲滅、暴力組織の排除を重要課題に掲げているが目立った成果はない。真実を明らかにしようとするジャーナリストも簡単に消されてしまう。アボカド農家は「諸刃の刃」を覚悟で武器を手にした。銃は暴力をなくす決定打にはならないことを分かった上でのことだ。

 

 アボカドの背後にのさばる悪は、あまりにも大きい。

 

 

Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。