ボリビアの首都ラパス近郊に核施設が建設されている。ボリビア原子力エネルギー機関(ABEN)とロシアの国営原子力会社のロスアトムが手がけるもので、今月から試験操業を開始するという。運営は事実上ロスアトムが担うため、「ロシアの核施設」とされており、医療活動・研究の他に、植物の遺伝子に関係する研究も行う。2年後には小型の研究用原子炉が稼働する予定で、ラテンアメリカのみならず米国の安全保障上の懸念材料として浮上してきた。

 

 核施設は、ラパスの西約20キロのエルアルトに建設されている。反米左派のモラレス政権時代の2016年に3億ドル(405億円)以上の予算が付けられ、ロスアトムの子会社が工事を請け負っている。政変でモラレス元大統領が一時、海外に亡命したため建設が中断したが、2020年10月にモラレス政権を継承するアルセ政権が誕生したことから工事は再開された。ボリビアの社会主義政権とロシアの親密な関係を象徴する事業である。

 

 核施設は、サイクロトロン放射線医療臨床前複合コンプレックス(CRPC)と多目的X線照射センター(MIC)で構成されている。

 

 ロスアトムなどによると、CRPCは放射線治療と研究、医療指導などを行い、年間5000人以上のがん患者の治療ができるようになるという。

 

 MICでは、放射線で植物の種子の遺伝子を「改良」して育成しやすい種子を生産するほか、放射線による害虫駆除を行うという。こうした研究で食品の保存可能期限を長くすることができ、食材の無駄を少なくすることにつながるという。

 

 施設の要となる研究用原子炉は最大出力200キロワットで、2024年に完成する予定だ。エルアルトの標高は4150メートルで、完成すれば世界で最も高地にある原子炉となる。

 

 8月5日、施設でボリビア政府による査察が行われ、その後、ロスアトムの幹部らとともに試験操業について発表した。

 

 このコラムでも何度かお伝えたが、ボリビアは現在、ウユニ塩湖などに眠る豊富なリチウム資源の採掘を進めるため外国企業との提携を探っている。提携先の最終選考は12月になるが、現在、選考に残っている6社のうち1社はロシアのウラニウム・ワンで、ロスアトムのグループ企業である。

 

 外国企業との提携先探しはアルセ政権の肝いりで行われており、ウラニウム・ワンは選考過程で優勢だとも伝えられている。エルアルトの核施設は、ロシアとの関係強化を進めるアルセ政権にとっては、リチウム採掘のための外国企業の選考とともに、政治的な色彩が極めて濃い事業である。

 

 ラテンアメリカでの影響力拡大を狙うロシアにとっては、エルアルトに核施設を持つことは、対米国戦略という意味合いでも重要だ。エルアルトの核施設は発電以外の民生用とはいえ、米本土のフロリダ州まで直線距離で約5000キロの地点に核という「駒」を置くことになる。

 

 ウクライナ侵攻以降、ロシアは緊密関係にあるベネズエラやニカラグアに軍人を派遣するなど、ラテンアメリカ戦略の新たな道を歩んでいる。核施設は米国に圧力をかけるための「武器」であることに間違いはない。

 

 ウクライナ侵攻でロシアは核兵器の使用を示唆した。またロシアによるウクライナの原子力発電所の占拠は、国際的な核不拡散体制の取り組みにとって大きな脅威となった。「民生用だから」という説明は、核に関しては、何かを取り繕う言葉にはならない。

 

 ロスアトムをめぐっては、フィンランドが5月に、ロスアトムとの原子力発電所建設計画を白紙撤回した。ウクライナ情勢が長期化する兆しを見せる中、建設が計画通り進まないと判断したためだが、国民の安全を左右する原発の建設をロシアに任せることがフィンランドの安全保障上、脅威となるという懸念があったことは間違いない。

 

 ラテンアメリカで原発が稼働しているのはアルゼンチンとブラジル、メキシコの3カ国だ。アルゼンチンに3基、ブラジルに2基、メキシコに1基の計7基だ。メキシコの原発に濃縮ウランを供給しているのはロスアトムだけだ。

 

 水力発電や火力発電が圧倒的なシェアを占めるラテンアメリカだが、中国、ロシアの「原発外交」は勢いを増している。アルゼンチンは2015年に中国と原発建設で合意した。進展に時間がかかったものの、今年2月に設備建設の新たな合意書を交わし、首都ブエノスアイレス近郊の既存原発の隣に新原発を建設することを発表した。

 

 核の覇権争いは、単なる「経済戦争」とは違う。ラテンアメリカに核を蔓延させない方策を急がないと、米国の安全保障は一段と危うくなる。

 

 

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Taro Yanaka

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 趣味は世界を車で走ること。

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