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 ロシア制裁の切り札と言われた国際銀行間決済機関SWIFTからのロシア金融機関除外は、3月12日から実行される。その対抗策として注目されているのが、ロシア中央銀行によるロシア版SWIFTとも評される「SPFS」だ。そして同じく、世界の三大クレジットカード利用停止への対抗策とされるカードが「mir(ミール)」である。これら二つのロシア独自の決済システムは、果たして〝頼れる〟代替手段になるのだろうか。

 

 SWIFTは3月9日、システムからロシアを除外するEU委員会からの指示についてのメッセージを更新。指示の通り3月12日に指定されたロシアの7銀行と同国内の子会社を、3月20日にベラルーシの3銀行と同国内の子会社をシステムから遮断すると公表した。このうちロシアで対象銀行となったのはVTBバンク、VEBバンク、バンクロシア、オトクリティ銀行、ノビコムバンク、プロムスビャジバンク、ソブコムバンク。エネルギー取引でEUと関係が深い最大手ズベルバンクと3位のガスプロムバンクは指定されなかった。ロシアが致命傷を負ってその返り血を浴びないよう、兵糧攻めの包囲網に「抜け穴」を作っておいた格好だ。この抜け穴にはポーランドなど一部の加盟国から反発もあったという。

 

 とはいえ、この遮断がロシアに与えるダメージは決して小さいものではない。2020年の貿易統計では、ロシアの貿易総額は約5600億ドル(約65兆円)で同国のGDPの約40%相当。さらにその約40%をEU、アメリカ、日本などとの貿易額が占める。ドルやユーロ、円で取引されているその貿易が止まれば最大でGDPのざっと16%がなくなることになる。現段階ではすべての銀行間決済が遮断されているわけではないが、EU側は抜け穴に反発する声やロシアのさらなる暴挙を踏まえて、今後、穴をギリギリまで狭める可能性があることを明らかにしている。GDPの10数パーセントが欠けるのが半端な事態でないことは確かだ。

 

 そうした状況で関心を集めているのが、ロシアが対抗手段として準備していたSPFS。ロシアのクリミア併合の際にアメリカ政府がSWIFTからロシアを除外すると警告した後、ロシア中央銀行が2014年から稼働させてきた独自の決済システムだ。ロシア中央銀行のSPFSサイトによると、2021年時点で約400の銀行・金融機関が利用しているという。ただ、利用している銀行・金融機関はロシア国内のものが中心で、国外ではベラルーシやアルメニア、カザフスタンといった旧ソ連の国のほか中国、イラン、インド、スイスなど20数カ国に限られている。SWIFTの200カ国超の11,000銀行・金融機関という規模と比べると桁違いの小ささが際立つ。ロシアへの投資家サポートを行っている「Russia Briefing」によると、「SPFSはSWIFTに比べて利用料は1/3ほどだがネットワークそのものは平日の営業時間に限られ、メッセージ容量は20kbしかない。他方、SWIFTは週7日間稼働しメッセージ容量も10mbだ」と指摘する。ただ、SPFSサイトは稼働時間を「週7日24時間365日」とうたっているので、この点は改善されたのかもしれない。

 

 実力でSWIFTにかないそうもないSPFSだが、ここで助け船になるのではないかと言われているのが中国の「CIPS」。中国人民銀行が2015年に導入した人民元の国際銀行間決済システムで、2021年時点で103カ国の1280銀行・金融機関が接続し、現在も増えているという。規模では十分SPFSを補えるように見えるが、人民元の国際金融市場のシェアはドルの40%に対して2%未満。結局、CIPSの決済量はSWIFTの0.3%にすぎない。加えて、中国人民銀行などはCIPS設立間もないころからSWIFTとの結びつきを強め、2021年3月にはSWIFTと合弁金融ゲートウェイサービス会社も設立した。CIPSは銀行の識別にSWIFTのコード「BIC」を利用するなどシステム上でも関係が深い。ロシアのCIPS経由での決済を認めれば、SWIFT遮断の制裁違反に問われる危険性もあるという。CIPSは助け船になれない可能性が高いのだ。

 

 「B to B」の場だけでなく、「B to C」の面でもロシアは容易ではない状況に置かれている。ビザ、マスター、アメリカン・エクスプレスの三大カード会社が3月6日までにロシア(アメックスはベラルーシでも)での決済事業を停止することを明らかにした。ロシアの会社との提携カードはロシア国内では使えても、外国との決済は不可能になる。キャッシュレス率が7割とされるロシアでの影響は決して小さくはないと見られている。ここでも、対抗策として注目されているのがロシア独自のカード「mir(ミール)」だ。やはりクリミア併合の時に受けた経済制裁の〝教訓〟から、ロシア中央銀行傘下の国家カード決済システムが2015年から発行を始めた。順調に普及率を伸ばしているが、現在は3割弱。すぐにビザ、マスター、アメックスの穴を埋めるまでにはいかないようだ。

 

 ビジネス上の取引でも一般消費者の買い物でも、ロシア独自の決済システムは、少なくとも今まで使えていた世界水準の決済システムの代替手段になるのには間に合っていないと言わざるを得ない。兵糧攻めは否応なく効いてくる。侵略に突き進んだプーチンには、「備えは十分」という声しか聞こえていなかったのだろうか。

 

 

(IRUNIVERSE 阿部治樹)