「侵略者の術中にはまるのは中立ではない」永世中立国スイスの大統領が声明

 過酷さを日に日に増大させるロシアのウクライナ侵略。国家主権と人々の命・自由を顧みないプーチンの行為に、ついに永世中立国・スイスまでもが異例の制裁に踏み出した。2月28日、スイスのイグナツィオ・カシス大統領はEUの制裁に加わる声明を出し、会見の場で「侵略者の術中にはまるのは中立ではない」と表明した。同じく中立的なスウェーデンも3月1日、1939年以来してこなかった外国への武器供与をウクライナにすることを決定。もはやプーチンの振る舞いは歴史的暴挙と呼ぶしかない事態になっている。

 

 スイス連邦政府のウエブサイトに掲示された2月28日付けのプレスリリースによると、スイス連邦参事会(日本の内閣に相当)はロシアに対してEUが決定した制裁パッケージを適用することを決定、即日実施するとした。

 

 プーチン大統領、ミシュスチン首相、ラヴロフ外相を含む個人と企業の資産凍結をはじめとする経済関連の制裁が中心だが、主なものは、2009年にロシアと結んだロシア国籍者へのビザ発給円滑化協定の一部停止、スイスに関係を持つプーチン大統領に近い人物の入国禁止、人道・医療・外交目的以外のロシア航空機の領空通過と発着禁止など。他に、2014年から実施されているクリミアとセバストポリ(地域はウクライナ政府の統治下ではなくなったドネツクとルハンスク両州内の地域にも拡大)関連の輸出入と投資の禁止も含まれる。

 

 スイス情報を発信する「swissinfo.ch(SWI)」の報道によれば、スイス国立銀行(中央銀行)のデータはロシア関連のスイス国内の資産額は104億フラン(約1兆3千億円)近くに上ることを示しているという。

 

 SWIはまた、在ベルンのロシア大使館の情報としてロシアの大手銀行スベルバンクとガスプロムバンクがスイスに支店を構えていて毎年、50~100億ドルのロシアの個人マネーが流れ込んでいると伝えている。ロシアの原料取引の80%はスイス経由であること、ロシア・ドイツ間の天然ガスパイプラインプロジェクト「ノルド・ストリーム2」の本府がスイスにあることも踏まえて、SWIはスイスの経済制裁は大きな影響力を持つと論評している。

 

 スイス連邦政府はロシアに対する制裁と並行してウクライナに対しては連帯と支援を表明。3月3日までに、800万スイスフラン≒10億円相当の支援物資をウクライナと周辺国にいるウクライナ人のためにポーランドの首都ワルシャワに届けることを明らかにした。

 

 加えて、軍の医薬機関から医療器具と薬も急きょ供給するという。永世中立国でEU非加盟国であるスイスは、2014年のロシアによるクリミア併合の際にはロシア制裁措置を実施せず国内外から厳しい批判にさらされた。

 

 今回は、国民から制裁を望む声が強まり、スイス連邦議会の上院と下院が共に「スイスの中立はロシアのウクライナへの攻撃を容認するための言い訳にはならない」と主張。ほとんどの主要政党が強い制裁に賛意を示していた。こうした状況を受けて、カシス大統領は「ロシアのウクライナへの侵略は一国の統治権、自由、民主主義と人々への攻撃である」と非難し、スイスにとっても脅威だと述べて制裁を決断した。一方で、スイス政府は依然、紛争におけるすべての側への仲介役であり続けるとしている。

 

 同じく中立国としての伝統を守ってきたスウェーデンも、今回のウクライナ侵略では反ロシアの立場を鮮明にした。2月27日に開かれた記者会見でスウェーデンのマグダレナ・アンダーソン首相は、ウクライナにそれぞれ5000の対戦車兵器と防弾服、ヘルメット、それに13万5000の野戦食を供与することを表明した。

 

 同首相は「ヨーロッパとスウェーデンは現在、類を見ない状況に置かれており、そのことは例外的な決断が下されなければならないことを意味する」と述べ、こう続けた。「紛争地に軍事物資を送るのはスウェーデンが慣例としていることではない。最後にこうしたことを行ったのはソ連がフィンランドを攻撃した1939年であった」。同首相は3月1日にも演説を行い、「怒りを持ってウクライナの人々への攻撃を凝視している。ロシアの武力攻撃は違法で何の正当性もないもので、これがまかり通れば他の国へも波及する」と厳しく非難した。

 

 スウェーデンの中立は法的な規定に基づくスイスの中立とは違って「戦時における中立を目的とした、平時における非同盟」という政治的な宣言とされていている。EUには加盟しているが北大西洋条約機構(NATO)には加わっていない同国が、EUの制裁パッケージに同調するのは当然としても、独自の「軍事援助」はスイスの制裁参加と共に異例中の異例のことだと言える。スウェーデンなどヨーロッパ9カ国のニュースをウエブ発信する「The Local」によると、3月3日までに以下の企業が政府に歩調を合わせて対ロ制裁を実施している。

 

  ●スカニア(車両製造):車両と部品配送の停止

  ●ボルボト・ラック:ロシア工場の操業停止と販売中止

  ●ボルボ・カー:新車販売の中止

  ●エリクソン:ロシアへの配送保留

  ●H&M:ロシアでの販売休止

  ●スポティファイ:ロシア事務所の閉鎖とロシア政府がスポンサーのコンテンツの削除

  ●イケア:ロシアとベラルーシでの事業活動停止

 

 

図

フィンランド外務省のサイト。ロシアのウクライナ侵略を強く非難している

 

 

 旧ソ連と戦火を交えたこともあるロシアの隣国フィンランドも、EU加盟だがNATO非加盟の「非同盟中立」の国とされている。

 

 しかし、スウェーデンと同様に、2月28日、ロシアに対するEUの制裁に加わることを明らかにした。フィンランドも、軍需関連の2000の防弾チョッキとヘルメット、100の担架、2つの緊急医療ステーションをウクライナに送ることにし、エストニアに対して事前にフィンランドから買ってあった大砲と砲弾をウクライナに再輸出することを認めた。フィンランド政府のサイトには「フィンランドはロシアのウクライナへの軍事行動を強く非難する。フィンランドはウクライナの独立と統治権、自己決定権そして領土保全の権利を支持する」と掲示されている。旧ソ連に侵略され独立を勝ち取った経験を持つ同国の言葉は重く響く。

 

 

(阿部治樹)