ウクライナで冷戦後最大とも言われる緊張が続いている。NATOの東方拡大を停止せよとロシアが一方的な主張をし、10万以上の部隊をウクライナとの国境に集結させ、連日、軍事演習を実施し、侵攻も辞さない構えでいることが原因だ。一方、プーチンが高をくくっていた欧米も本腰を入れ武器支援、隣国ポーランドへの部隊配備など対策を始めており、ロシア側は上げたこぶしの下ろし方に悩んでいるようにも見える。フランスのマクロンがプーチンと会談しベラルーシからの兵力の一部撤退を取り付けたと発表したが、ロシア側が拒否するなど情報も錯綜する。当事者以外では、ウクライナ側の欧米各国、ロシア側の中国の動きが報じられるが、それ以外にも地域大国が様々な思惑を持ちこの危機に関与している。

 

 ウクライナ危機に関与する国で、特筆すべきはトルコだ。トルコはNATO第二の兵力を誇りながらも、近年は東地中海のガス田を巡るNATO加盟国ギリシャなどとの紛争、シリア侵攻などで欧米と対立し、NATOの問題児となっていた。それが今回のウクライナ危機では、NATOの優等生然とウクライナ支援に回っている。EUの盟主ドイツが、侵攻抑止に向けた対策に及び腰なのとは対照的といえる。

 

 ここ最近、トルコはロシアとシリア問題、リビア問題、ナゴルノカラバフ紛争でそれぞれ対立する勢力を支援するなど”代理戦争”を繰り広げてきた。トルコは、シリア反体制派を使いアサド政権打倒を目論んだり、アゼルバイジャンによる事実上のアルメニア領ナゴルノカラバフ奪取を支援したりと、ロシアの勢力圏に挑み続けている。そして、トルコはここ2、3年、ロシアを挑発するかのように、ウクライナとの関係を強化してきた。両国を巡る動きの中で、ロシアを怒らせたのが一昨年のナゴルノカラバフ戦争で活躍したトルコ製ドローン・バイラクタルTB2の導入だ。ウクライナは2019年、同機を初導入し昨年さらに追加購入し配備した。そして、昨年10月にウクライナ東部で初陣を飾り、新ロシア派の兵器を破壊する戦果をあげたとされる。当然、ロシアはトルコのドローン売却に反発してきたが、トルコは意に介していない。今回も戦争の危機を商機と捉えているのだろう。仮にロシアが本当にウクライナに侵攻し、ドローンがロシア軍相手に使用されれば、その名声はさらに高まり、貴重な実戦データも得ることができる。対立するロシアを揺さぶりつつ、経済的利益も追求しようというのである。

 

 トルコの行動は、対ロシアのみならず、NATO向きのものでもある。まず一つは、NATOにトルコの地政学的価値を再認識させようというものだ。今回のウクライナ危機において、ロシアは黒海での活動も活発化させ、海上からの侵攻もちらつかせることでウクライナ側を翻弄している。ロシアが軍艦を黒海に移動させるのに必ず通行しなければならないのが、ボスポラス・ダーダネルス海峡だ。その海峡はトルコ領のど真ん中にあり、トルコはクリミア半島に向かうロシア船の動きを監視していると伝えられている。冷戦時代、トルコはソ連黒海艦隊の出入口をおさえ、コーカサス方面に睨みをきかせる国として重視され、クルド弾圧など多少のことは許されてきた。しかし、冷戦が終結しその地政学的価値が低下すると、欧米諸国も徐々に遠慮しないようになり、トルコ国家の宿敵であるクルド勢力を同盟勢力とするなど、トルコにとって度し難い行動をとるに至った。ロシアという共通の脅威は、労せずして、NATO加盟諸国内における地位を高めるのに使えるのである。

 

 今回の危機でトルコが主要な役割を果たすことはないだろう。ただ、危機がひと段落すれば、ロシアがトルコに意趣返しをすることは目に見えている。エルドアンの火遊びが新たな危機を生み出すことがないか注視する必要がある。

 

 

Roni Namo

 東京在住の民族問題ライター。大学在学中にクルド問題に出会って以来、クルド人を中心に少数民族の政治運動の取材、分析を続ける。クルド人よりクルド語(クルマンジ)の手ほどきを受ける。日本の小説のクルド語への翻訳を完了(未出版)。現在はアラビア語学習に注力中。ペルシャ語、トルコ語についても学習経験あり。多言語ジャーナリストを目指している。