アラブ首長国連邦のシャジャラに本拠地をおく天然ガス企業「ダナガス」は12日、提携する「クレッシェント・ペトロリアム」と共同でイラクのクルディスタン地域における天然ガスの生産量が3年前と比べ50%上昇したとの声明を発表した。同社は2007年からクルディスタン地域で天然ガス採掘を行っている。同社と現地を統治するクルディスタン地域政府とは法廷闘争、賠償金を巡り泥沼に陥ったこともあった。それでも着実に増産を続け、現在も生産設備の拡充を目指し、23年には55%増産を目指すという。

 

 イラクのクルディスタン地域といえば、元来、石油の埋蔵量がイラク国内最大、また世界第二位とされるババグルグル(”火の父”の意)油田が存在することで有名であった。同地には地表に漏れたガスが引火した炎が4000年間、燃え続けているとされる、「永遠の火」があることでも有名だ。ババグルグル油田が位置するキルクーク一帯は2017年、イランにけしかけられたシーア民兵勢力によって占領され、イラク中央政府が実効支配することとなった。油田地帯と関連施設も政府側の手に渡った。治安維持に成功していたクルド人部隊が撤退したことで、治安の悪化を招きイスラム国が攻撃を繰り返してきた。一方、ダナ社が操業するガス田はクルド人部隊によって強固な守りが敷かれている。大油田を奪われても、脱炭素の世界的潮流の中で需要が増す天然ガス田を保持し、着実に産出量を増やしてきた。

 

 イラクは石油の推定埋蔵量では世界第5位とされるが、天然ガスでは12位(2017年時点)と後退する。さらに、生産量では33位と他の生産国に大きく劣後する。イラクのクルディスタン地域は、陸続きのトルコには長年にわたりパイプラインでの天然ガス供給を行ってきたが、タンカーでの輸出の歴史は浅く、2016年に「史上初」と報じられた。クルディスタン地域含めイラクの天然ガス生産・輸出は、まだまだ発展途上、言い換えればポテンシャルがあるとも言える。長い戦乱で他の産出国に比べ満足な調査がなされてないこともあり、今後、さらなるガス田が発見される事もあり得る。現状、ガス田は、イラク南部そしてクルディスタン地域が存するイラク北部に集中している。天然ガスは独立への道を断たれつつも存在感を高めようとするイラクのクルド人の武器となり得るか、世界への安定供給に資するものとなるか、今後も注視される。

 

 

Roni Namo

 東京在住の民族問題ライター。大学在学中にクルド問題に出会って以来、クルド人を中心に少数民族の政治運動の取材、分析を続ける。クルド人よりクルド語(クルマンジ)の手ほどきを受ける。日本の小説のクルド語への翻訳を完了(未出版)。現在はアラビア語学習に注力中。ペルシャ語、トルコ語についても学習経験あり。多言語ジャーナリストを目指している。