骸骨の張りぼてが町を練り歩く伝統行事「死者の日(Dia de Muertos)」が間近に迫った10月31日、メキシコ中部のプエブラで、国営石油会社ペメックスのパイプラインが爆発した。爆発は計3回あり、1人が死亡、15人がけがをした。50棟以上のビルや家屋が倒壊などの被害を受けた。爆発の要因はパイプラインからの石油の盗難だとみられている。盗難行為でパイプラインが損傷し、漏れた石油に火がついて爆発した。

 

 メキシコではガソリンやオイルなど燃料の盗難被害が深刻で、政府が対策の強化に乗り出しているが、盗難行為はカルテルと呼ばれる犯罪グループによって組織的に行われており、根絶は難しい。市民にとってパイプラインの爆発はいつ起きてもおかしくないリスクになっている。

 

 プエブラでの爆発では、警察や消防、軍など約1400人が現場で消火や捜査にあたった。避難した住民は約2000人を超えた。爆発を受けてロペスオブラドール大統領は同日、自身のツイッターにお悔みとお見舞いのメッセージを掲載した。プエブラ州のバルボサ知事は、石油の漏れを感知して住民が速やかに避難したことで、被害が最小限に食い止められたとの見方を示し、地域住民の協力に感謝の意を表明した。

 

 大統領や知事の「機敏な市民対応」の背景には、2019年1月にイダルゴ州トラウエリルパンで起きたパイプラインの大規模爆発がある。燃料盗難でできたパイプラインの損傷部分からガソリンが漏れ出し、これに気付いた周辺住民がガソリン欲しさに現場に集まった。危険な状況だったため、地元警察などは住民に避難を呼び掛けたが、漏れたガソリンをくみ取ろうとする住民は従わなかった。

 

 ガソリン漏れが通報されてから約2時間後、ガソリンに火がつき大爆発が起きた。これにより市民ら少なくとも134人が死亡した。

 

 前年12月に発足し、誕生1カ月足らずのロペスオブラドール政権は、この悲劇を契機に燃料盗難の取り締まりを強化した。政府の最優先課題の1つに掲げ、対策として一部のパイプラインを閉鎖した。

 

 この影響で、全国規模でのガソリン不足となり、ガソリンスタンドには市民の長蛇の列ができた。市民生活は混乱し、メキシコに進出している日本企業の工場の操業にも影響が出た。

 

 燃料盗難を取り締まることが、逆に社会不安を誘発し、政権のダメージになった。犯罪組織に厳しく臨むことが公約でもあるロペスオブラドール大統領にとって、燃料盗難を原因とするパイプライン爆発は大きなトラウマなのだ。

 

 燃料盗難は犯罪組織が先導し、パイプライン周辺に住む市民を手なずけて行っている、といわれる。メキシコで燃料盗難が社会問題として浮上したのは1990年代から。犯罪組織「ゼタス」が主な資金源として暗躍していた。比較的、小規模な犯罪行為とされてきたが、2010年以降、手口が大規模化した。メキシコ国内の2大犯罪組織の1つである「CJNG」(Cartel de Jalisco Nueva Generacion)などが参入したためだ。2018年の1日当たりのガソリンや石油精製製品の盗難量は6万バレルにものぼった。

 

 トラウエリルパンでの大爆発以降、メキシコ政府は軍を動員してパイプラインの施設警備を強化するとともに、施設の点検を実施した。これにより2019年の1年間で燃料盗難の現場となった1万3600カ所の違法な蛇口を発見し、撤去した。また盗んだ燃料を運ぶために使用されたトレーラー3800台、船舶66隻を押収している。

 

 これにより燃料盗難は2020年には1日あたり4440バレルにまで減少した。2年で10分1以下になったことになる。

 

 2020年2月には、盗んだ燃料を犯罪組織などに売り渡すことで財を成し「ガソリン王」と呼ばれたギサール・バボン元ペメックス社員が何者かに射殺された。政府の取り締まりの強化と、燃料盗難に大きな影響力を持つ男の殺害で、メキシコの燃料盗難はひとつの時代を終えるだろうとみられていた。

 

 ところが、ここにきて再び燃料盗難が活発になってきたという。ペメックスによると、今年1~4月に同社のパイプラインで発見された燃料の違法抽出弁は、前年同期比で9.5%増加した。新型コロナの感染拡大が長引き、犯罪組織が再び燃料盗難に目を付け始めたものとみられている。爆発があったプエブラは「ガソリン王」の地元でもある。政府や治安当局が今回の爆発を「特別視」するもうひとつの理由だ。

 

 燃料盗難は、ナイジェリアの反政府組織、東ヨーロッパの犯罪組織、リビアの軍事組織、中東のテロリストグループなども独自の手口で行っており、世界的な「黒い資金源」である。メキシコのカルテルは、麻薬の密売などで急速に中国の犯罪組織と連携を深めている。これまでメキシコで盗まれたガソリンなどは主に米国でさばかれていたとされているが、今後、メキシコの燃料のブラックマーケットが拡大する可能性がある。

 

 

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Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

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