ハリケーン「アイダ」が記録的な大雨をもたらした米北東部。トロピカル・ストームが過ぎ去った後は夏と秋が混ざり合った光がニューヨーク・マンハッタンに降り注いでいた。(写真はハドソン川から見るマンハッタン。筆者撮影)

 

 マンハッタンから、ハドソン川をくぐるリンカーントンネルを車で抜けると、そこはニュージャージー州である。家屋が水に浸かったり、街路樹がなぎ倒されたりする被害は、マンハッタンではあまり見られなかったが、ニュージャージー州内に入ると、目にとまる。被害に遭った住民に追い打ちをかけているのはガソリン高だ。ガソリンスタンドでため息をつく市民の姿が目立つ。

 

 米国では夏のバケーションシーズンにはガソリン価格が上昇する。多くの市民が休暇で車を使い、ガソリン需要が高まるからだ。それも8月中旬を過ぎれば落ち着き、普段なら後半からはガソリン価格が下落傾向になる。しかし今年はそうはいかなかった。

 

 8月29日に「アイダ」がルイジアナ州に上陸した。上陸地点はメキシコ湾の石油生産の拠点、ポート・フォーチョンだった。採掘、精製施設が大きな被害を受けたためガソリン価格は高値が続いている。

 

 9月の第1月曜日は「レーバーデー」(労働者の日)の祝日。週末を含む連休は過ぎ行く夏を名残惜しみながら、家族や恋人、仲間らと過ごす。今年は6日だった。全米自動車協会(AAA)によるとレーバーデー当日のガソリン価格の全国平均は1ガロン(約3.8リットル)あたり3ドル13セント(約344円)で、前年同期比99セント高だった。レーバーデーのガソリン価格が1ガロン3ドル台を付けたのは7年ぶりだ。1ドル近い値上がりは、家計にずしりとのしかかる。

 

 深刻なのはレーバーデーの連休明けも高値が止まらないことだ。翌日7日は3ドル18セント(約350円)になった。

 

 

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 「アイダ」で被害を受けた住民は、日々のガソリン価格に神経質になっているが、気持ちを逆なでするような値動きが続いている。(豪雨で冠水し、いつまでも水が引かない駐車場は水鳥の格好の遊び場になっている。筆者撮影)

 

 「コロナ明け」での経済の再開で急速に需要が高まり、ガソリン価格の上昇圧力は強いが、「アイダ」による石油生産施設へのダメージは、上昇圧力を一段と強めた。

 

 「アイダ」の米国接近と上陸で、メキシコ湾での石油製品製造の95%以上が操業を停止した。AAAによると全米の石油精製の13%が止まったことになるという。

 

 「アイダ」上陸から10日がたった8日現在でもメキシコ湾沖の原油・天然ガス生産の4分の3はストップしたままだ。採掘した原油の輸送機器が破損したほか、ハブ施設がダメージを受けるなどしたためだ。

 

 復旧の見通しが立っていない施設もあり、「アイダ」による石油業界の損害を確定することは現時点ではできない。

 

 また米沿岸警備隊によると、「アイダ」通過後、メキシコ湾沿いでオイルが海中に流れ出るなど海水が汚染されているとの自治体などからの報告が2113件あったという。米国のメディアはメキシコ湾に流れ出る黒い原油の筋を映した衛星写真を掲載して伝えた。

 

 関係企業はパイプラインの修復と流れ出た原油の回収を急いでいるが、どのぐらいの原油がメキシコ湾に流出したかなどは、まだ分かっていない。沿岸警備隊はオイル漏れしている地点を引き続き監視する方針だ。

 

 しかし、オイルが漏れているパイプラインの中には現在、稼働していなパイプラインもある。ポート・フォーチョン沖で流出オイルの回収作業をしている石油製品メーカーのタロス・エナジーは、ダイバーが潜って確認したところ、現在は使用されていないパイプラインが破損しているのが見つかったと発表した。タロスは、このパイプラインは自社のものではないと説明している。

 

 メキシコ湾では1942年から原油などの採掘が行われている。海底には、現在は使用されていないパイプラインが放置されている。政府機関である米安全環境執行局(BSEE)も放置を認めている。

 

 放置されたパイプラインには原油などがそのまま残されているケースもある。「アイダ」をきっかけに「放置パイプライン」が一段と問題視されそうだ。

 

 

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Taro Yanaka

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 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

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