ニューヨークで2度も、ハリケーンの猛威を体感するとは思ってもみなかった。1度目は2012年10月の「サンディ」。緊急事態に備えて寝ずに一晩オフィスで待機したが、マンハッタンの高層ビルが「ミシミシ」「ビリビリ」と、これまで聞いたことのない音を立てて揺れたことを覚えている。摩天楼がなぎ倒されるのではないかと本気で心配した。

 

 2度目は先週9月1日の「アイダ」だ。ハリケーンから熱帯低気圧に勢力は衰えていたが、ニューヨーク周辺に記録的な豪雨をもたらし、各地で洪水が発生し、交通が寸断されて都市機能がまひした。(写真はグランドセントラル駅。近郊の町と結ぶ鉄道路線は軒並み運休に。筆者撮影)

 

 この日の夜、会合を終えてレストランを出ると、体を巻き上げられるような強風と視界を遮る大雨に驚かされた。土砂降りの激しい雨音をかき消すように、雷鳴もとどろいていた。店はそそくさと閉店し、戻れない。とにかくタクシーを捕まえようとしたが、マンハッタンの中心部だというのにその姿は見えない。Uberのアプリも利用者が集中し、機能しなかった。地下鉄の入り口は遠く離れていたため、工事の足場を屋根にして長い時間、身動きがとれず「帰宅難民」となってしまった。

 

 「アイダ」は8月29日に米ルイジアナ州に上陸した。上陸時、ハリケーンとしての勢力は「カテゴリー4」。5段階あるハリケーンの勢力のうち上から2番目だ。上陸の前、メキシコ湾上で「カテゴリー3」になってからわずか1時間で「カテゴリー4」に成長した。上陸後も6時間は「カテゴリー4」のまま勢力を維持した。成長の早さと勢力の持続力は並外れており、「アイダ」は気候変動が生んだ「怪物」だったのかもしれない。ルイジアナ州では各地で洪水となった。またニューオーリンズ市全域とその周辺で停電となり110万人が影響を受けた。

 

 「アイダ」はその後、北東にゆっくりと移動し熱帯低気圧になった。そしてニューヨークに近付いた。陸上を2000キロ以上移動すれば勢力はかなり弱まるだろうという油断が、ニューヨーク市民と行政にあったことは確かだ。

 

 

写真

 

 

 米ABCテレビなどによると「アイダ」が被害をもたらした8州の死者は67人。このうちハリケーンの状態で通過したルイジアナ州での死者は12人だった。

 

 熱帯低気圧になってから「アイダ」を迎えたニューヨーク州、ニュージャージー州など米北東部の死者は51人に上っている。(写真は風雨が強まり人影がまばらなニューヨーク市内。筆者撮影)

 

 9年前の「サンディ」は、ニューヨーク市に近いニュージャージー州アトランティックシティーに上陸した。海上で勢力を上げながらの上陸ということもあり、上陸予定2日前からニューヨーク市内の地下鉄などは全面的にストップし、ハリケーンに備えた。事前に大きく構えるのが米国の災害対策の流儀だ。「サンディ」の際は、典型的な米国の流儀に沿っていた。

 

 ところが今回は、豪雨の最中でも地下鉄は運行していた。まさか、ここまで雨が降るとは市も州も思っていなかった。

 

 そして豪雨は洪水となり「サンディ」の時と同様、地下鉄の線路や駅構内に流れ込んだ。命がけで地上にはい上がった利用客は少なくない。

 

 「帰宅難民」になった際、地下鉄の入り口が近くにあれば潜り込もうと思っていたが、入り口がなくて、むしろ幸運だったことになる。

 

 ニューヨーク市内の死者は13人。このうち11人は地下室を改造した違法アパートの住人だった。洪水となり水が地下室に流れ込み溺れて死亡したとみられている。

 

 こうした違法地下アパートはニューヨーク市内に約10万件あり、15万人以上が暮らしているといわれる。地下の倉庫などを改造したもので、安全性や衛生面などに問題があるとされる。クイーンズ地区に多いとされ、低所得の移民が居住している。電気がショートして火災になり、住民が死亡するなど地下住宅での悲劇はニュースとして度々、伝えられる。

 

 違法な地下に居住する側にも問題があるという意見もあるが、移民は貧しさから致し方なく地下に居住している。想像を超えた記録的な豪雨は、弱い立場の人間を死に追いやった。

 

 

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Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

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