国外逃亡したトルコの元マフィアが運営するYoutubeチャンネルが、国際的に物議を醸している。政権の汚れ仕事をしてきた裏社会の元ボスが、政権の不都合な真実を告白する形式の動画を立て続けに公開している。日本でも、安倍晋三前首相の事務所に火炎瓶が投げ込まれ、犯行に及んだ被告らが裁判で選挙妨害の見返りが得られなかったと動機を語ったことにより、ネット上では安倍氏が暴力団に払う謝礼をケチった結果だと盛り上がった。被告らの動機の真偽はさておき、今回の件は「火炎瓶事件」とスケールは段違いだが、筋書きは近い。つまり、反社会的勢力を利用してきた権力者が、見返りを渋り牙をむかれるというパターンだ。(写真はYahoo画像から引用)

 

 筆頭は、ビナリ・ユルドゥルム元首相の息子が、ベネズエラからトルコへのコカイン密輸に関与していたという暴露であった。権力者と麻薬との関係については、後述するトルコの裏社会に関する話を聞いたことがあればさして驚く話でもない。スキャンダラスなのは、暗殺に関する内容だ。前警察トップが著名なジャーナリスト爆殺に関与。件のジャーナリストは国家によるテロについて著述しており、国家にとって目障りな存在であった。そこで、この元ボスの弟を雇い、車に爆弾を仕掛けさせたということである。

 

 このジャーナリスト殺害の実行犯として元ボスの弟は収監されており、「兄弟エルドアンよ、なすべきことをなさねば、人々は全てを知ることになる」と、大統領を脅迫した。

 

 トルコの国家テロ最大の被害者であるクルド人に関する犯罪行為について、特に証言が求められるところだ。クルド人実業家が、クルディスタン労働者党(PKK)に資金援助をしていたという憶測に基づき暗殺された事件についても、国家の関与を明らかにした。イラクに潜伏するPKK幹部もこの暴露を受け、「彼の告白は非常に重要だ。なぜなら国家による犯罪行為の内側の人間だからだ。彼が犯罪集団のリーダーであったからといって、彼が明らかにした内容を嘘とみなすのは誤りだ」と所感を述べた。

 

 トルコには国家が犯罪集団を利用してきた長い歴史がある。トルコのマフィアの起源は、オスマン帝国末期にまで遡るとされる。スルタンは、崩壊していく帝国の中で自身の権力を脅かす存在を排除すべく、非合法任務に従事するならず者部隊を結成した。

 

 アルメニア人大虐殺でもならず者の本領発揮と、大きな役割を果たした。オスマン帝国が崩壊しても共に心中することはなく、その「人材」は新生トルコの「国家内国家(ディープステート)」に奉仕することとなった。彼らは極右とも結びつき「理想主義者」ないし「愛国者」を自称した。活動資金捻出のため、ヘロインの取引を国家から黙認されることになった。アナトリアではケシ栽培が行われており、またそれが規制により退潮となった後も、アフガニスタンからイランを経て流入するアヘンから容易にヘロインを手にすることができた。

 

 一方、反政府勢力のPKKも、ヘロインの取引や密売人から「みかじめ料」を徴収すすることで活動資金を手にしていた。PKKは国家から「麻薬ゲリラ」の汚名を着せられるが、PKK側はそもそも国家が手を染めている行為であり何が悪いのか、というスタンスであった。

 

 1990年代に入り、クルド人のハーフであるオザル大統領によるクルド人迫害政策の転換、また前世紀末のPKKのオジャラン指導者の逮捕により、こうした国家の汚れ仕事を担う存在も無用の長物となりつつあった。

 

 かつての「理想主義者」たちは、雇主であった国家から追われることになり、この元ボスもその過程で逮捕された。ただ、幕引きをはかる国家の配慮により直ぐに釈放された。しかし、突如、今年1月にマケドニアからUAEに亡命した。エルドアン政権との間で埋めがたい溝が生まれ、身の危険を感じたと推測される。この元ボスの告白により、エルドアン政権特有の問題ではなく、トルコの不都合な歴史の一幕が明かされることから今後も目が離せない。


 

Roni Namo

 東京在住の民族問題ライター。大学在学中にクルド問題に出会って以来、クルド人を中心に少数民族の政治運動の取材、分析を続ける。クルド人よりクルド語(クルマンジ)の手ほどきを受け、恐らく日本で唯一クルドを使える日本人になる。今年7月に日本の小説のクルド語への翻訳を完了(未出版)。現在はアラビア語学習に注力中。ペルシャ語、トルコ語についても学習経験あり。多言語ジャーナリストを目指し修行中。