2008年7月、米地質研究所(USGS)が北極海域には未開発の原油13%、天然ガス30%が眠っているとの調査結果を発表したことを受けて、北極海域のエネルギー資源に対する各国の関心は高まっていった。(写真は北極海、Yahoo画像から引用)

 

 北極圏に属する国々との接近を図る中国の習近平政権は2016年、デンマークのグリーンランド自治政府との間で北極科学研究の共同推進にかかわる覚書(MOU)を締結した。研究分野のほか、経済進出も加速する。

 

 本サイト「バイデン米政権がデンマークと関係修復-北極圏進出の中国、ロシアを牽制」(2021年5月18日付)で、米国のトランプ前大統領が「グリーンランド買収」とツイートしたことで、米国とデンマーク関係がぎくしゃくしたことに触れたが、トランプ氏がこうしたつぶやきをした背景には、中国によるグリーンランド進出を意識したものとされる。

 

 2017年12月に商業生産を開始した、北極圏に属するロシア・ヤマル半島での液化天然ガス(LNG)開発事業に関連し、中国国営のエネルギー企業「中国石油天然気集団」(CNPC)がプロジェクトに参画し、20%の権益を取得するなど、経済分野でも中国の動きが目立つようになった。

 

 2018年1月26日、習近平政権下の中国政府は、北極海の開発および利用にかかわる基本方針「北極政策白書」を初めて公表した。中国と欧州を陸路と海路でつなぐ広域経済圏構想、いわゆる「一帯一路」戦略を北極圏まで広げる「氷上のシルクロード」(北極海航路)として位置付けられ、ユーラシア大陸全体を支配下に置くという中国の野望を内外に宣言したに等しいと受け止められた。

 

 これに対し、トランプ米政権は2019年5月、フィンランドで開催された北極評議会の閣僚会合にポンペオ国務長官(当時)が出席し、国家安全保障上、北極重視の姿勢を明確にするとともに、米国防総省の年次報告書で中国の軍事・安全保障に関連し、核攻撃を抑止する名目で「中国が北極海に潜水艦を配備する可能性が大きい」と警告した。

 

 米国が中国を脅威としたのは「北極政策白書」で北極圏内に領土を保有しない中国が自国を「北極に近接する国」と位置付けたことにある。南半球に位置する国々と比較すれば、中国と北極との距離は確かに短いが、「近接する」という表現に違和感を感じる人も少なくないだろう。南シナ海における一方的な人工島づくりは、もはや軍事拠点と化していることは自明の理で、北極圏もしかりと考えるのが妥当ではないか。

 

 本稿では中国の動向にスポットを当てるため、北極圏における米国やロシアの戦略には深く言及しないが、ロシアや米国は、中国の北極進出が明白となった10年以上前からこの地域での軍事演習を頻繁に繰り返すようになったことは言うまでもない。

 

 環境、軍事、経済、地下資源といった安全保障分野で、いまや地政学リスクの要衝となった北極圏。南極大陸と異なり、陸地が存在しない北極では、各国の領有権を凍結した南極条約に相当する国際的な取り決めがない。地球温暖化の影響で海氷面積が今後ますます減少すると懸念されるなか、広がる海域の排他的経済水域(EEZ)を画定する際の線引き次第で、どこの国にも属さない空白海域が生まれる可能性が大きい。

 

 世界共通のルールが存在しない以上、北極評議会の役割が一層重要性を増す。今回の閣僚会合を前に、バイデン米大統領は中国やロシアに挑発的な行為に及ばないよう、釘を刺した。トランプ政権からバイデン政権に移行しても、北極政策を重視する米政権の方針は揺るがないと牽制したとみられる。

 

 国際報道によると、20日に閉幕した会合後、参加した閣僚は「レイキャビク宣言」を公表し、2030年までの戦略計画を採択した。環境保護や持続可能な経済開発を進めることで一致したという。

 

 北極評議会での討論は発足当初の目的である環境問題がメインテーマとなる。軍事・国家安全保障分野は議論の対象外となっているため、これらの分野を含めた包括的な国際ルールづくりが喫緊の課題となる。

 

 各国の思惑が交錯するなか、紛争回避に向けた国際社会の英知が求められる。ただ、法と秩序を軽視する中国がどこまで協調するかは甚だ疑問である。中国は大国としての責任を果すべきである。


 

在原次郎

 ジャーナリスト。エネルギーや鉱物、食糧といった資源を切り口に国際政治や世界経済の動向にアプローチするほか、コモディティのマーケットにかかわる歴史、人物などにスポットを当てたリサーチを行なっている。『週刊エコノミスト』などに寄稿。