5月19、20日の両日、アイスランドのレイキャビクで開催された北極評議会の閣僚会合が閉幕した。北極圏の持続可能な開発で一致したものの、北極海航路の活用など、各国の主張にズレが生じている現状も見逃せない。北極圏をめぐっては米ロ両国のつばぜり合いが熾烈化しているが、中国も虎視眈々と覇権掌握を狙っている。30年前から戦略を打ち出す中国が辿ってきた経緯を2回に分けて取り上げる。(写真は北極海、Yahoo画像から引用)

 

 中国が極地探査に乗り出したのは1993年にウクライナから世界最大級の砕氷船「雪竜」を購入したころで、世界経済における中国パワーが台頭してきたころと軌を一にする。2004年7月には、ノルウェーのスバールバル諸島に中国初の北極観測基地を設営するなど、研究調査の名目で進出していった。

 

 北極や南極大陸での観測調査に乗り出す一方、中国による国際政治へのアプローチが具現化するのは、胡錦濤政権時だった。2012年4月、温家宝首相(当時)が欧州4カ国(アイスランド、スウェーデン、ドイツ、ポーランド)に外遊した際、表向きは金融危機および債務危機の対応に苦慮していた欧州に経済的な支援を差し伸べることだったが、実際には気候変動で注目を集める北極圏の地下資源や北極海航路の開発に向けた足場固めが目的だったとされた。

 

 中国が狙いを付けたのが、アイスランドだった。温首相が訪問する前の2010年、リーマンショック後の金融危機でアイスランドは自国通貨を融通し合う通貨スワップ協定を中国と締結。その後、12年4月には欧州諸国で初めてとなる中国との自由貿易協定(FTA)を締結した。経済支援という地ならしをした上での温首相訪問だった。温首相はアイスランドのシグルザルドッティル首相(当時)と会談し、北極評議会への中国のオブザーバー参加を後押ししてほしいと働きかけたとされる。中国の首相がアイスランドを訪問するのは国交樹立以来、初めてのことだった。

 

 当時の政治状況を振り返ると、ノーベル平和賞を受賞した中国の活動家、劉暁波氏に対する人権問題で、ノルウェーや米国など国際社会は中国を激しく非難していた。北極評議会にオブザーバー参加をするためには、加盟国の全会一致の承認が必要とされた。そのため、真正面からのアプローチでは人権問題がネックとなり、参加を認められないと判断した中国は次なる手に打って出た。

 

 2012年5月、中国国家海洋局がフィンランドの北極担当大使を北京に招聘し、中国にとり2隻目となる砕氷船の設計をフィンランド企業に発注することで合意したほか、スウェーデン外務省の北極担当大使を招き、北極問題で協議を重ねたことが報じられた。中国が狙い撃ちしたことは否定し難い。

 

 これらの国々はいずれも北極評議会の加盟国だ。北極評議会は、北極海の開発や環境保護について先住民社会を交えて意見交換する政府間の協議体で、1996年に設立された。事務局をトロムソ(ノルウェー)に置く。米国、ロシア、カナダ、ノルウェー、デンマーク(グリーンランド自治領)のほか、スウェーデン、フィンランド、アイスランドの計8カ国と先住民の団体で構成される。日本、中国、インド、韓国などはオブザーバー資格を持つ。

 

 中国による根回しが奏功したためか、2013年5月にスウェーデン北部のキルナで開催された北極評議会で中国をはじめ、日本、韓国、インド、イタリア、シンガポールの6カ国がオブザーバーとして認められた(㊟日本は当時、臨時オブザーバーから常任オブザーバーに昇格)。

 

 晴れてオブザーバー入りした中国は即座に行動を起こす。2013年8月、中国国営の海運大手、中国遠洋運輸集団(COSCOグループ)の貨物船「永盛」が中国商船として初めて遼寧省の大連港から北極海航路を利用してオランダ・ロッテルダム港に向かった。

 

 2013年9月には、雪竜がロシアの排他的経済水域(EEZ)を通過せずに航行を成功させた。中国はこのとき、通行料を支払わず、ロシアの砕氷船を利用しなかったという。北極海航路を利用すると、ドイツ・ハンブルク-横浜間の場合、航行日数が南回りのスエズ運河経由に比べて4割ほど短縮できる。

 

 地球温暖化の影響で北極海で海氷が溶け出した場合、沿岸水域は内水と定義されるのか、その海域を通過する外国船舶の航行を規制できるのか、中国船による単独航行はこうした点を浮き彫りにした。


 

 胡錦濤政権を引き継いだ習近平政権は北極覇権の野望を抱き、さらに戦略を推し進めていく、、、。   (次回に続く)


 

在原次郎

 ジャーナリスト。エネルギーや鉱物、食糧といった資源を切り口に国際政治や世界経済の動向にアプローチするほか、コモディティのマーケットにかかわる歴史、人物などにスポットを当てたリサーチを行なっている。『週刊エコノミスト』などに寄稿。