メディアの役割は真実を伝えることだが、真実を追及することで権力を監視することも重要な使命だ。新型コロナウイルス対策で緊急事態宣言が当たり前となり、憲法が保障する基本的人権が当然のことのように制約されている今だからこそ、メディアは権力を厳しく監視しなければならない。経済を支える民間企業の自由な営業を保障するためにも、メディアが果たすべき責任は重い。(写真はイメージ。Yahoo画像から引用)

 

 東京都の小池百合子知事は14日の定例会見で「高級衣料品などについては、生活必需品に当たらないと、国から明確に通知されている。百貨店にはこの趣旨を理解した上で協力いただきたい」と述べ、緊急事態宣言の延長で営業フロアを拡大しようとした百貨店にくぎを刺した。

 

 会見に先立ち都は12日付で日本百貨店協会に文書で同様の要請をしている。同時に、都の職員が百貨店を訪れて売り場を見て回った。その際、あるオーディオ製品を指差して「これは生活必需品ではないだろう」などと言い放ったという。

 

 戦中のスローガン「ぜいたくは敵だ」のような、当局による「摘発」である。

 

 この話は百貨店業界に一気に広がった。自治体の指導に従うとしている百貨店業界だが、具体的に商品を指差して、行政が良し悪しを決めるかのようなやり方に、百貨店関係者は「こんなことされたら、何もできなくなる」と怒りをあらわにする。

 

 都内に住む50代の男性は最近、海外での用事を済ませて帰国した。人権意識のない日本の水際対策の現場に背筋が寒くなった。

 

 コロナ感染地域から日本に入国する場合、訪問国出発前72時間以内に行ったコロナ検査で陰性であること、到着した日本の空港での検査で陰性であることが必要だ。そのうえで2週間の自主隔離措置が課せられる。自主隔離の実態を当局がチェックするなどの目的で、位置情報確認アプリ「OEL」と「Skype」などの連絡アプリ、接触確認アプリ「COCOA」の少なくとも3種類(所持するスマートフォンの種類によって異なる)のアプリをダウンロードさせられる。

 

 スマートフォンを持っていない人は、自費でスマートフォンをレンタルしなければならない。自主隔離期間中に本人が訪れた場所の情報を保存しておかねばならないからである。そして、こうした水際対策の履行を約束する厚生労働大臣への誓約書を、提出しなければ入国できない。

 

 位置情報確認アプリからは、毎日2回、今どこにいるのか報告を求めるメッセージが届く。おおむね午前9時過ぎから午後6過ぎまでの間に届くが、時間はその日によってまちまちだ。

 

 メッセージに答える形でアプリの「今ここ」ボタンを押す。当然、入国時に登録した自主隔離中の所在地からの返事が求められる。

 

 これとは別に厚生労働省から、毎日、健康チェックアンケートが送付され午後2時までの返信が求められる。

 

 これらのことに従わなかった場合は、日本人は名前が公表され、外国人は在留資格取り消しの手続きとなる。

 

 男性は、水際対策そのものにも人権的な疑問を持ったが、それ以上に、対策実行にあたる現場担当者の姿勢に薄ら寒さを感じだという。

 

 ダウンロードした「OEL」アプリの起動のためのパスワードなどは、入国後、登録したメールアドレスに届くと説明されたが、なかなかメールが来ない。男性は問い合わせしようと入国時に渡された16頁の資料を手にした。しかし、問い合わせ先の電話番号の記載すらない。

 

 仕方なく成田空港の検疫所に電話したが、電話口の職員はアプリの起動については担当外だとの一点張り。男性は腹が立ち「人権問題すれすれのことを国民に課しているのだから、電話番号ぐらい書いておくべきだろう」と問いただしたが、職員は何が問題なのか全く理解できない様子で、入国者が従うのが当然であり、ことさら丁寧に説明する必要などないとの態度を取り続けたという。

 

 憲法22条は「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移動及び職業選択の自由を有する」とある。憲法に「営業の自由」との言葉はないが、ここにある「職業選択の自由」が「営業の自由」を保障しているとするのが通説である。

 

 百貨店の問題も、水際対策も憲法22条を前提に考えなくてはならない。

 

 ここでポイントとなるのが「公共の福祉」だ。百貨店を視察した都の職員も、検疫所の職員も「新型コロナの感染を防止することが公共の福祉にあたる」と考えているのだろうが、そのように単純に考えるのは、法律を根拠に働く公務員としては浅はかなことである。

 

 憲法でいう「公共の福祉」とは、権利と権利が衝突する際に調整することである、という解釈が法曹界で有力だ。ということは、「営業の自由」、「移動の自由」を制限する場合、国や自治体はその根拠を十分に説明することが憲法上、求められている。

 

 「生活必需品ではない」と指摘されたオーディオ製品は定番商品で、今、販売して大行列ができるものではないのに、なぜ、新型コロナ対策で販売が許されないのか。3、4日で2回も新型コロナの検査をし、ともに陰性だった人間と、無症状者が感染を広げていると言われる中で検査を受けずに過ごす日本在住者と、どちらが社会に感染を広げるリスクがあるのか。陰性者の自主隔離がなぜ2週間必要なのか。きちんとした説明はない。

 

 迷走する政治が決めた私権の制限を公務員が鵜呑みにし、論理的な説明なく市民に強制することは、権力の暴走につながる。

 

 各人が感染予防に取り組むことは当然のことだ。ある程度の制限が課せられるのは致し方ないと考える。だからと言って、私権の制限が無秩序に広がってしまうことはあってはならない。

 

 メディアによる権力の監視とは、決して大上段に構えることではない。日々の生活の中にある公権力の歪みを一つひとつ指摘し、客観的に報じるという地味な作業である。今、これを怠れば、日本の民主主義に大きな禍根を残すということを、メディアは強く自覚しなければならない。



 

Taro Yanaka (ジャーナリスト)

街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

趣味は世界を車で走ること。