ソーシャルメディアなどで頻繁に使われる言葉が、俗語として一般的に使われるようになることは多い。米国では分断を象徴するような言葉が、一般的なコミュニケーションの場でもしばしば使われる。「Woke」「Cancel Culture」という言葉はその代表格だ。(写真はYahoo画像から引用)

 

 「Woke」は「目を覚ます」という意味の「Wake」の過去形・過去分詞だが、いまでは「社会の不正、特に人種差別を正そうとする意識が高いこと、そういうことに目覚めていること」という意味の形容詞として使われる。黒人の人権運動「Black Lives Matter」が広く知られるようになった2013年ごろから、黒人層の一部がソーシャルメディアなどで「Woke」を使い、その後、幅広い層が会話で使うようになった。

 

 「Cancel Culture」は、企業のトップや有名人などが自分とは相容れない行動や発言をした場合、徹底的にその企業トップや有名人を否定し、攻撃することをいう。ソーシャルメディアで盛り上がれば、標的となった企業や有名人は、現実社会での存在そのものさえ脅かされることになる。

 

 先週末、この2つの言葉を並べて使い話題になったのがトランプ前大統領だ。ジョージア州で成立した選挙の投票制限法をめぐり、この法律に反発している民主党などリベラル派を非難する声明を出した。その中で、全部太文字で「WOKE CANCEL CULTURE」と記した。

 

 投票規制法は共和党が提出した。不在者投票の身分証明を厳格化するなどの内容で、黒人などマイノリティー層を狙い撃ちしているとされている。法案審議中から民主党やマイノリティー層は猛反発し、ジョージア州に本社があるコカ・コーラやデルタ航空など大手企業に反対の姿勢を示すように求めた。企業側は当初、政治に関与しないスタンスだったが、リベラル派の一部が商品のボイコットなどをほのめかしたこともあり、大手企業は雪崩をうつように投票規制法反対を表明した。

 

 ジョージア州に本社がある企業だけではない。金融機関ではシティグループ、バンク・オブ・アメリカ、ウェルズ・ファーゴ、JPモルガン・チェース、ハイテク産業ではアップル、デル・テクノロジーズ、マイクロソフト、シスコ・システムズ、アルファベット(グーグルの親会社)、航空会社ではユナイテッド、アメリカン、小売、飲食業ではホーム・デポ、ベストバイ、シェイク・シャックなど米国を代表する企業が反対の声を上げた。

 

 トランプ氏の「WOKE CANCEL CULTURE」は、こうしたリベラル派の動きを皮肉りながら、今度は自分の支持者に、投票規制法に「盾突く」企業の商品をボイコットするよう促す文脈で使用されている。

 

 投票規制法への企業の動きに呼応して大リーグも反対する姿勢を表明した。今年7月にジョージア州アトランタで開催する予定だったオールスターゲームを、コロラド州デンバーでの開催に変更した。トランプ氏は大リーグもボイコットの対象としている。

 

 ジョージア州は昨年の大統領選でも鍵を握る州だったが、トランプ氏は同州を取りこぼした。トランプ氏の大統領選での敗北を決定付けたのがジョージア州である、といっても過言ではない。また共和党はジョージア州の上院2議席も民主党に奪われた。これによって共和党は上院での多数派としての地位も失った。

 

 一方で、現職のブライアン・ケンプ知事(共和党)は2018年の選挙で民主党の女性候補、ステイシー・エイブラムズ氏に想定外の苦戦を強いられた。来年の知事選では、再び両氏の対決が見込まれている。

 

 ジョージア州の共和党にとってみれば、選挙制度を変更し、有利な選挙制度を確立するのが至上命題となっていたのだ。ジョージア州議会は上院、下院とも共和党が多数派であることから、今回の投票規制法は軽々と成立した。

 

 こうした投票を規制する法律はジョージア州だけのことではない。米国のシンクタンクのまとめでは、47州で361の投票規制法案が審議されているという。

 

 トランプ氏はいまも、昨年の大統領選は「いかさま選挙だ」と主張している。共和党の中には、トランプ氏の主張に同調する党員がいまも少なくない。同調まではしなくとも、郵便投票などがなければ、トランプ氏は勝利できたと考えている党員も数多くいる。それが各地での投票規制法案の提出につながっている。

 

 実は、自らの都合の良いように選挙制度を変える「ゲリマンダリング」の動きは、いまに始まった訳ではない。共和党の一般的な戦法である。

 

 共和党の支持基盤は、白人が多く住む郊外部で地域的に広範囲に及ぶケースが多い。都市部など比較的、狭い地域に支持者が集中する民主党とは対局の分布構造にある。

 

 共和党支持者の分布は「ゲリマンダリング」の効果が出やすいため、共和党が州与党になった場合、自分たちが勝ちやすいような選挙区割りをするのである。米国は州ごとに選挙制が決められるため、こうしたことが起きる。

 

 一般的に共和党は投票率が低いほど選挙には有利だ。このため投票を少なくするためのルール作りに積極的だ。今回のジョージア州での投票規制法でも問題となっている有権者の身元確認の厳格化もその手法の一つだ。

 

 米国では、有権者は選挙ごとに事前に登録しなければならない。日本のように住民票を元に自動的に投票所への入場券が届くわけではない。この事前の有権者登録の際に届け出た氏名のスペルが、運転免許証などの身分証明書のスペルと同じでないと、投票できないようにすることなどが、厳格化の一般的な方法だ。

 

 黒人やヒスパニックの氏名は、ハイフンやスペース、符号が含まれるケースが多い。アルファベットの上に波線などが入るケースもある。また、ファーストネーム、ミドルネーム、ラストネームという一般的な並びではなく、母親の旧姓が割り込んだり、ファーストネームが2つに分かれていたりと人によってまちまちである。コンピューターの都合などで、氏名の表記がその場その場で違うという人は、当たり前のようにいる。

 

 こうした実態を踏まえると、投票に当たり証明書と事前登録の氏名の完全一致を求めること自体が、有権者を意図的に排除していることに等しい、といわれる。

 

 民主主義の根底である選挙のやり方をめぐって分断が一段と深まる米国。はやり言葉を巧みに使ってリベラル派を責めるトランプ氏の軽い表現を読むにつれ、米国の闇の深さをひしひしと感じる。


 

Taro Yanaka

街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

趣味は世界を車で走ること。