駆け出しのころ、サツ回り(警察担当)をしていた時、薬物の取り締まりをする当時の防犯課の刑事と仲良くなり、摘発現場ギリギリまで同行することが度々あった。薬物捜査は地味な仕事だ。逮捕したところで、容疑者が有名人か、押収量がよほど多いなど特殊な事件でなければ、新聞でまともな扱いの記事になることは少ない。ましてや世界的に見れば「微罪」とされる大麻関連の事件はなおのことだ。世間に関心を持たれることなく容疑者は逮捕・起訴され、裁判が進み、刑が確定する。そんな薬物事件の捜査を黙々と続ける刑事の言葉が、今も頭から離れない。(写真はイメージ。Yahoo画像から引用)

 

 「大麻だからと甘くみるな。大麻は薬物中毒の無間地獄の入り口だ」

 

何も知らずに大麻を使用し、それがきっかけで薬物中毒になるケースは多い。その後、コカインなど幅広い薬物に手を染めるようになる。だから、大麻の捜査を疎かにはできない、という趣旨だ。警察の決まり文句ではあるが、最前線で聞くと心に染みる。手柄などという「勲章」とは無縁の薬物事件に、ひたむきに挑む刑事の背中に警官魂を見た気がした。

 

 そんな世界で取材の「いろは」を学んだ人間からすると、米国の大麻娯楽使用合法化の流れを簡単には受け入れられないが、いよいよニューヨーク州が娯楽目的の大麻の使用を認める。州議会で関連法案が可決され、知事のサインを待つばかりとなった。米国最大の都市、ニューヨーク市でも合法的に大麻が使用できることになる。そのインパクトは大きい。

 

 米国は連邦レベルでは大麻は違法だが、現在、娯楽での大麻の使用を合法化した州はアラスカ、アリゾナ、カリフォルニア、コロラド、イリノイ、メーン、マサチューセッツ、ミシガン、モンタナ、ニュージャージー、ネバダ、オレゴン、バーモント、ワシントンの14州。ニューヨークは15番目の州となる。

 

 州当局によると、21歳以上の成人が使用と所持、ライセンスのある小売商からの購入を許される。持ち歩きできるのは3オンス(約85グラム)までだが、自宅で5ポンド(約2.2キロ)まで蓄えておくことができる。

 

 また、21歳以上の成人は、個人利用を目的とした大麻の自宅での栽培も許される。成長しきった大麻なら1人当たり3本、1世帯当たり6本まで許可される。

運転中の使用は禁止される見通し。合法化と同時に、これまでに大麻関連で有罪となった人の犯罪記録が抹消されるという。

 

 制度を整備する必要があるため、販売が始まるのは来年になるとみられるが、大麻合法化の最大の狙いは経済である。すべての大麻の娯楽使用について13%の売上税が課せられ、うち9%分は州の、4%分は地域の自治体の収入となる。軌道に乗れば年間の税収額は3億5000万ドル(約385億円)になると見込まれている。

 

 経済効果で人種間、性別間の経済格差を解消することも大きな目的だ。ニューヨーク州は黒人などマイノリティーや小規模農家、女性、障害を負った退役軍人が大麻育成産業に新規参入しやすいようにローンや補助金などの制度を設ける予定だ。販売ライセンスの半分程度はこうした「社会的弱者」に発行されることが期待されている。

 

 州などの関係者は、合法化による新しい経済活動で約6万人の新規雇用が生まれると見込んでおり、長い間の「薬物戦争」の標的となったマイノリティーや貧困層を経済面で支援することで、社会的不公平を正すという、壮大な理想を掲げての合法化だ。

 

 しかし、政治家や行政の思うようにはいかない。先行して合法化した14州も、大麻販売は社会の公平性実現のためになるとしていたが、あまりうまく機能していない。イリノイ州では、制度面の不備などから合法化後、1年以上たってもマイノリティーの販売店オーナーがいない状態だ。

 

 さらに、合法化されても違法マーケットは存続し続け、「正規マーケット」の大きな障壁となっている。これまで違法で大麻を栽培、販売してきた「業者」は、合法化によってむしろ違法マーケットは潤うだろうとみている。

 

 根拠は3つある。1つ目は、合法化によって「大麻乱用者」という汚名が消えてイメージが向上する、ということ。2つ目は、大麻を使用しても、もう逮捕されないという安心感が広がる、ということ。そして3つ目は、ライセンスを取得した業者が販売する「正規」の大麻は価格が高すぎる、ということだ。

 

 現存する違法の大麻マーケットは成熟された市場だ。需要と供給、品質、コストのバランスが取れていて、適正価格で提供されている、といわれる。今さら「官製」マーケットができたところで、品質、価格面からして違法マーケットが負けることはない、という。

 

 こうなると、「社会的弱者」救済としての大麻合法化は、意味をなさなくなるどころか、違法マーケットの成長を手助けする存在になってしまう。

 

 国際的にはカナダ、ウルグアイが既に国全体で大麻を合法化している。また、マフィアとのドラッグ戦争が続くメキシコでは今月、下院で大麻合法化が承認され、正式決定に近づいた。違法薬物問題が深刻なだけ、メキシコは薬物について生産面でも流通面でも圧倒的な強みを持つ。合法化によって密売組織を利することにもなりかねない。

 

 大麻合法化について、世界規模で幅広い議論を始める時期が来た。


 

Taro Yanaka

街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

趣味は世界を車で走ること。