第二次世界大戦時に日本軍が占領したインドネシアのハルマヘラ島。熱帯雨林に覆われたこの島で、世界有数の埋蔵量を誇るニッケル鉱床の開発プロジェクトが動き出した。(写真はハルマヘラ島。Yahoo画像から引用)

 


 仏資源企業エラメットなどが現地で展開する「ウェダベイ・プロジェクト」。昨年12月、電気自動車(EV)に使用される電池材料を供給するため、ニッケル鉱石を処理するプラントの建設計画が発表された。

 

 発表によると、エラメットと独化学メーカーでEV向け電池材料を手掛けるBASFが共同で、HPAL(高圧硫酸浸出)と呼ばれる製錬プラント建設の事業化調査で合意した。生産するのはニッケルとコバルトが含まれた中間原料。生産能力はニッケル純分ベースで年間4万2,000トン、コバルト5,000トン。一般的に1万トンの能力を持つ設備を建設するのに5億ドル(約550億円)程度かかるとされ、総額で2,300億円規模の投資額が見込まれる。2020年代半ばの稼働開始を目指す。



 HPALとは、これまで経済的にも回収が難しいとされていた低品位の鉱石からニッケルを取り出す技術だ。ニッケルが1%程度含まれる低品位の鉱石から、HPALによって品位を60%程度にまで高めた中間原料を生産する。場所は未定だが、この中間原料からニッケル品位を99%以上に高める製錬所も新設する計画だ。

 

 ニッケルの主な用途はステンレス鋼向けが主流だった。しかし、普及拡大が見込まれるEV向けの電池材料としての注目が高まっている。

 

 インドネシアのニッケル鉱石埋蔵量は世界全体の4分の1を占め、世界最大だ。同国政府は201910月末からニッケル鉱石の輸出を禁止した。国内でニッケル鉱石を処理するための工場建設を海外から誘致することが狙いだ。世界最大のEVメーカー、テスラがインドネシア政府に対して電池事業に関する投資を提案したとも報じられ、世界のEV関連業者がインドネシアのニッケル資源に目を向ける。

 

 エラメットがウェダベイ・プロジェクトの権益をカナダ企業から取得したのは2006年。09年には三菱商事、11年にはニッケル製錬を手掛ける大平洋金属がそれぞれプロジェクトへの参加を決めた。最終投資決定(FID)の判断を探ってきたが、ニッケル価格の低迷などもあり事業化決定の時期は大幅に遅れた。



 結局、三菱商事と大平洋金属は2016年にプロジェクトから撤退。その後、世界最大のステンレスメーカーである中国の青山集団がプロジェクトに参加し、インドネシアの国営企業とともに1910月からニッケル鉱石の採掘に漕ぎ付けたという経緯がある。



 この鉱石を活用するカギとなるのがHPAL技術。電池材料向けには高品位のニッケルが必要となる。一方、世界に眠るニッケル鉱石はいまや低品位のものが大半だ。ウェダベイ・プロジェクト以外にもインドネシアやオーストラリアなどで新たなHPALプラントの立ち上げが予定されており、EV普及を支えるためにも、低品位の鉱石をいかに利用できるかがカギとなる。



 ただ、楽観はできない。HPALは住友金属鉱山が2005年に世界で初めて商業化に成功した技術。プラント装置は大規模な仕組みで、設計通りに建設した後にボタンを押せば正常稼働するというわけではない。安定して操業させるためには習熟した技術が求められる。実際にHPALの操業に関わる企業の幹部は「芸術に近いような作業だ」と、その難しさを例える。



 米調査会社S&Pグローバル・プラッツは今年3月初旬、HPALのリスクの高さを指摘するリポートを発表した。ブラジルのヴァーレが2006年に買収したニューカレドニア のゴロ・プロジェクトは、当初15億ドルだった設備投資額が45億ドルにまで膨れ上がった。複雑な設備であるため、立ち上げに2年を要した上、計画した生産量にはほとんど達しなかったと指摘している。HPALをめぐっては住友商事がマダガスカルで手掛けるプロジェクトも多額の減損損失を計上するなど苦戦する企業も相次いでいる。
 


沢田 楊 ジャーナリスト