日本で「3.11」と言えば東日本大震災だが、米国の「3.11」は、新型コロナウイルスが米国内で感染拡大が始まった日として位置付けられている。バイデン米大統領はパンデミックから1年となった11日夜、就任後初となるゴールデンタイムでの国民向け演説を行った。ワクチン供給を前倒しし、5月1日までに成人全員が接種できるように配布が完了し、7月4日の独立記念日はワクチン接種がほぼ終わって元の生活に戻る、との見通しを示した。米国は「後ろ向き」の期間に終止符を打ち、ポスト・コロナの「前向き」な時代に向けて走り出した。大きな影響を受けた経済の建て直しも本格化することになるが、コロナ禍での米国民の消費行動の変化は、今後のビジネスを見通す際に重要な要素となる。一般国民の日々の生活に近い食の消費について探った。(写真はYahoo画像から引用)

 

◆「政治的中立」でないマーケティングで急成長

 

 銃などをテーマにブランド化されたコーヒーが人気を集めている。販売会社のブラック・ライフル・コーヒー(本社・ソルトレークシティ)はパッケージに銃を描き、銃愛好家や退役軍人らにアピールする。ホームページには銃を構える迷彩服の男性の姿や、戦車が乗用車を押しつぶす映像が踊る。コーヒーの種類もライトからエクストラ・ダークまで豊富だ。カップやドリッパー、豆をひく道具、Tシャツ、帽子などキャラクター商品なども充実させている。

 

 ウォール・ストリート・ジャーナルによると、ブラック・ライフル・コーヒーの昨年の売上高は、前年のほぼ2倍となる約1億6300万ドル(約177億円)。約70%がオンライン販売だという。創業7年目。2015年の売上高は約100万ドル(約1億9000万円)だったから、コロナ禍が急成長を加速させたと言える。

 

 社名にある「ブラック・ライフル」とは、米軍で主力ライフルとして使われている自動小銃「M16」の俗称だ。一般で流通される場合は「AR15」と呼ばれ、銃所持の権利を主張する人々のシンボル的な銃である。

 

 創業者でCEOのエバン・ハフェル氏は元軍人だ。米国のコーヒー文化の拠点であるシアトルでコーヒーの味に魅了され、イラク駐留中にコーヒー豆をいることを始め、退役後の2014年にブラック・ライフル・コーヒーを設立した。ハフェル氏は退役軍人を積極的に採用することでも知られ、約450人の社員のうち約55%は元軍人だという。

 

 小売業の場合、製造や販売をする際、経営者は政治色や社会的主張を表に出さないことが一般的だ。思想・信条が絡むと顧客層が狭まってしまうからだ。ところがハフェル氏は、こうしたやり方を逆手にとって、銃所持支持者など特定の層に絞ったマーケティング戦略に徹している。

 

 ハフェル氏はウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューに対し、「私は、私の顧客が誰なのかを知っている。私がコーヒーを提供しようとする人が誰なのかを知っている。私の顧客ではない人が誰なのかも知っている。私は全ての人に、全てである必要はない」と話している。

 

 マーケティング会社のエデルマンの調査によると、経営者が社会問題に対して態度を公にすることを望む消費者は増える傾向にある。商品を買うか、ボイコットするかは経営者の社会問題への態度を見て決めるとした人の数は、2017年が47%だったのに対し、2019年は60%まで増えた。トランプ前政権が、広くあまねく支持を広げようとはせず、保守層、右派の掘り起こしと、その基盤固めに徹した姿勢が、消費者の購買行動にも影響を及ぼした、と分析することもできる。新型コロナの感染拡大で、こうした傾向に拍車がかかった。

 

 ブラック・ライフル・コーヒーのコーヒーは、米国の大手量販店で購入よりも高めの価格だ。顧客はブランドに付加価値を見出し、高くても購入している。

 

 ◆「暗黒時代」の救世主は日本生まれ、日本育ち

 

 新型コロナウイルスの感染拡大で、レストラン業界は厳しい営業規制を強いられ「暗黒時代」となった。全米レストラン協会によると2020年の全米のレストランやバーの売上高は6590億ドル(71兆8300億円)で、前年に比べて約24%の大幅な減少となった。そんな中、米国では寿司が外食産業の救世主となっている。

 

 ウォール・ストリート・ジャーナルが、ローカル情報の口コミサービス、イェルプのデータをもとにまとめたところ、昨年3月から今年1月の間、寿司を扱った店のオープン件数は前年比で5%ほど増えた。業態を変えて寿司を始めたり、新規オープンする店があったからだ。持ち帰り需要が主流とみられる。

 

 また、スーパーマーケットでも寿司の販売量は増えた。ニールセンのデータによると、昨年暮れから今年1月後半までの4週間、米国のスーパーマーケットでの寿司の売上高は前年同期比で23%以上増えた。

 

 レストラン規制で持ち帰り需要が急増し、ハンバーガーやピザなど米国では定番の持ち帰りメニューに飽きた米国人が、寿司の需要を押し上げている。

 

 ◆ファストフードの長い戦争

 

 米国人が飽きることなくかじりついているのは日本で言う「チキンバーガー」、米国では「Fried-Chicken Sandwich」と呼ばれるファストフードだ。米国のファストフード業界では「Fried-Chicken Sandwich」の新メニューの投入が相次ぎ、「チキンサンドイッチ戦争」と呼ばれている。

 

 エジソン・トレンズによると昨年12月のオンラインでのチキンサンドイッチの注文件数は、2年前の5倍になったという。

 

 今回の「チキンサンドイッチ戦争」は2019年、ファストフードチェーンのポパイズ・ルイジアナ・キッチンが新しいチキンサンドイッチを発売した際、ライバルであるチックフィレイとツイッター上でのバトルを演じたことがきかっけだった。バトルはソーシャルメディアで話題となり、ポパイズ・ルイジアナ・キッチンの店舗には客が押し寄せ、チキンサンドイッチが売り切れる店舗が続出し、社会現象になった。

 

 その後、ブームにあやかろうと大手ファストフードチェーンが続々と新しいチキンサンドイッチを投入。この業界の巨人、マクドナルドが今年2月に新しいクリスピー・チキンサンドイッチで満を持して「戦争」に参入、新たな局面に入ったと言われる。

 

 パンデミックでファストフードを利用する消費者は増えた。しかし、同じ商品では消費者は飽きてしまう。チキン専業でないファストフードチェーンにとっては、チキンサンドイッチのメニューを強化すれば、新しいメニューの投入と同じ意味を持つ。消費者もチキンの新メニューに敏感に反応したため、チキンサンドイッチの覇権争いが先鋭化した。「チキンサンドイッチ戦争」はコロナ禍の産物である。

 

 この「戦争」で一段と鶏肉需要が増え、鶏の胸肉の価格はこの5年での最高値レベルになっている。ちなみに、米国の1人当たりの食肉消費量は鶏肉がトップ。かつては牛肉だったが、1990年代初めに鶏肉が牛肉を抜いた。


 

Taro Yanaka

街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

趣味は世界を車で走ること。