資源採掘は産業の発展や富をもたらすと同時に、環境破壊、公害、労働者の人権損害、地元住民への健康被害など、これまで多くの問題を引き起こしてきた。

 

 鉱山という通常の生活空間から隔離された場所の、時として政治が深く関わる鉱業の複雑な構造とその不透明さは、これらの問題の解決を非常に困難にしてきた。

 

 資源採掘事業とアート、一見関わりがないように思われるこの2つのセクターを、固定観念を超えたコンセプトによるアプローチでつなぎ、鉱山地域における社会問題に取り組もうというシンクタンクが、ここオーストリア、ウィーンに存在する。

 

 artEC/Oindustry(https://artecoindustry.com) の創立者であるDominika Glogoski 氏は、 独創的なコンセプトによるアプローチで、この社会事業プロジェクトに従事している。元々芸術を学んだGlogowski氏のコンセプトは、アートは我々の日常生活および社会における「人間性」の維持に貢献するというアイデアに端を発する。鉱業とアートの融合、そのアプローチについてGlogowski氏に話を聞いた。

 

 

Q: まず、artEC/Oindustryの活動について教えてください。

A: 現在、Deep Earth Synergies ( https://deepearthsynergies.org )と呼ばれるプロジェクトを英国のコーンウォルで進行させています。これは、アート、採鉱事業、科学、社会といったセクターを跨ぐアートプロジェクトで、資源採掘をめぐる複雑な構造への理解を広め、そこに古くから横たわる問題の「創造的な解決」を見つけることを目的としています。具体的には、「鉱山のアーティスト」というプログラムで、採鉱場の中に「アート」を持ち込もうというものです。これは鉱物資源調査と開発事業を行う英国のCornish Lithiumとの協力で行うことになっています。Cornish Lithium は、2016年設立のスタートアップで、リチウムの抽出を専門に行っていますが、非常に革新的な会社です。この会社とのプロジェクトは6月に始まる予定です。この他にも、オーストリア国内における気候、科学とアートにおける認識研究、2022年にはブラジルのサンパウロにおける大学との共同研究も予定しています。

 

 

写真Q: シンクタンクartEC/Oindustryのコンセプトについて教えてください。

A: artEC/Oindustryの名前は、art-ecology-industryという3つの単語から成っています。このシンクタンクでは、産業界などの通常アートには従事しない分野、特に鉱業というセクターで、アート手法を用いた「変換戦略」の研究をしています。具体的にいうと、どのように採鉱業者の閉ざされた企業構造というものを地元の共同体、社会および環境へ開いていくか、採鉱事業のライフサイクルの開始時点で、必要なコミュニケーション、インターアクション、および変化を供給できるか、「形にできない人間の側面」(これをヒューマンエッセンスと呼んでいます)も考慮するイノベーション方法などです。 

 

 古くから鉱山というものは、可視化された大きなインパクトを地域や人々に与えてきました。「鉱山」はその地域の社会、環境、文化にまで影響を及ぼし、それらを形成するにもかかわらず、他の地域からは孤立した「実体」として振る舞います。

 

 私は、芸術史とビジュアルアートに由来する芸術理論およびその実践を専門としているのですが、これには「アートマネージメント」も含まれています。このアート理論と思考法を用いて、異なるセクター間のギャップを埋めていこうと考えています。

 

 科学や技術における「専門分野」では、「暗黙知」は入り込む隙間がありません。そのため、前に述べた「人間性」は、カリキュラム、専門性、イノベーションなどといったものから、どんどん抽象化され、除外されています。我々は、気づかないうちに多次元的な見方のない一つのコンテナや箱を作ってしまうのです。しかしながら、人文とアートは、この「専門性」を社会から孤立させない新旧の知恵を引き出し、人々の間のダイアローグやインターアクションを開く潜在性を持っています。

 

 

Q: アートと鉱業をつなぐきっかけは?

A: きっかけは、2つあります。一つは、芸術史の研究テーマとして、私は、アートと建築における戦後の日米関係に焦点を当てていました。この時代は、「スペースエイジ」と呼ばれ、技術が大きく発達した時代です。その中で、特にテーマとして引かれたのは、「芸術家と建築家がどのように技術と人との間の橋渡しをしたのか」という問題です。それに関連して、日本の「メタボリズム運動」を研究し、この分野の専門家である磯崎新先生に取材することが叶いました。日本のメタボリズム運動は、「新陳代謝」から名付けられ、社会や人口の変化に合わせて有機的に成長する建築を提案し、技術、建築と人間の共存を試みました。

 

 私は、このアイデアに共感したのです。二つめは、脱工業化した空間の活性化について、研究を行った経験です。世界中の採鉱事業活動が残した傷跡が、私の興味を引きました。鉱山地域の問題にどのように対処し、持続可能な方法で再設計することができるのか。鉱業におけるライフサイクル全体を予測し、そのスタート地点から、「人間性」を同化させることができるのか。

 

 

Q: はじめにプロジェクトについてのお話がでましたが、もう少し詳細を聞かせてください。

A: artEC/Oindustryは新しいコンセプトです。奇抜ともいえるかもしれない。オーストラリア、英国、ブラジルをはじめ多くの国で、鉱業地域における創造的な活性化プロジェクトやアートプロジェクトが行われており、アーティストが鉱山に居住しています。ここでは、アートは環境を再設計し、社会的なトラウマを癒すためのツールとして使われます。アートを鉱業のライフサイクルに一体化させ、そこで共同で再設計を行いながら、ポジティブな「変化」を引き出して行くという考えは、まだ探究されていません。

 

 鉱業は、そのあり方を変える必要があることを実感し始めています。資源採掘における透明性、社会的責任、信頼性を培わなければならない。鉱業におけるライフサイクルへの新しいアプローチが必要なのです。この初めての試みとなるのが、今年6月から始まる予定のCornish Lithium 社とのプロジェクトです。

 

 

Q:artEC/Oindustryの最終ゴールは?

A: 空間と空間の間に、イノベーションとコミュニケーションを創造します。その空間とは、新しいアイデア、知識、インターアクションを生み出す空間です。このような空間を我々はもっともっと生み出す必要があります。既に設計されたゴールに我々を導く空間ではなく、人々の生活要因として、自由に実験や、創造、想像、体験を可能にする空間です。私のゴールは、鉱業のような非常に閉ざされた環境において、開かれた民主的な空間の実験を行うというものです。その中で、人々の創造性を養い、人の行動の変化、新しい規範の誕生や共通の価値などを創造することが可能かどうか実践することです。

 

 

Q: 日本へ居住経験があると聞きました。その時の体験を聞かせて下さい。

A: はい、東京の造形大学に留学経験があり、東京に住んでいました。とても日本が気に入っています。滞在時は、ホストファミリーと一緒に住んでいました。今でも友人たちがいます。このような状況(コロナ禍)ですが、早く日本へ行けることを願っています。日本は私にとって、とてもインスピレーションが湧く場所です。日本の技術、産業、そして人との間の「緊張」が、アートを通じて常に精巧に作り上げられている。創造性や芸術が人々の日常生活の中で非常に重要な役割を持っている。西洋では、通常の生活様式から離れた閉ざされた空間において、芸術の必要性を説くのは容易いことではありません。日本の直島にあるベネッセアートサイト のような脱工業化空間には、大きなインスピレーションを受けます。

 

 

(Y.SCHANZ)

 

 

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SCHANZ, Yukari

 オーストリア、ウィーン在住フリーライター。現在、ウィーンとパリを拠点に、欧州におけるフランス語、英語圏の文化、経済、産業、政治、環境リサイクル分野での執筆活動および政策調査に携わっている。専門は国際政治、軍事、語学。

 趣味は、書道、絵画、旅行、フランスワインの飲酒、カラオケ、犬の飼育。

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