2年ほど前、筆者がメキシコ湾に近い米テキサス州ガルベストンの銃砲店を訪れた際、強面の店員が「ニューヨークなんかよりテキサスに来いよ。何せ暖かい。雪なんか降らないしね。絶対、テキサスの方がいい」としきりに勧めていたのを思い出した。

 

 それ以来、真剣にテキサス州に住むことを考え、物件などを調べていたが、先週、同州を襲った大寒波と、それに伴う大規模停電の様子を知り、「テキサス熱」が少々、冷めた。税金が安いことなどから企業が続々とテキサス州に拠点を移しているが、この動きにも影響を与えそうだ。テキサス州に移り住んだ電気自動車テスラCEOのイーロン・マスク氏も電力会社を厳しく批判している。

 

 米南部は先週、強い寒波に見舞われ、特にテキサス州ではマイナス18度まで気温が下がり、この30年で一番の寒さを記録した。寒波で60人近くが死亡。大規模な停電が発生し、約450万人が極寒の中に取り残された。

 

 大規模停電が起きたのは、寒波で暖房のための電力需要が急増したからだ。ただ、いくつか固有の事情がある。

 

 まず、定期点検中の発電所がいくつもあったという点だ。テキサス州の場合、通常、夏場に電力のピークがくる。東京などと同じく暑い夏をしのぐため冷房需要が高まるためだ。夏場の供給可能な電力量は8万6000メガワットだ。この夏場のピーク需要に向けて、天然ガスや石炭の火力発電所は冬の間に定期点検している。その分、発電環境は悪くなっていた。冬場の供給可能な電力量は6万7000メガワットだ。

 

 そうした環境の中で、稼働していた発電施設が寒さによって異常をきたした。電力施設は夏の猛烈な暑さを克服するための手段は施されているが、極端な寒さへの備えはなかった。天然ガスの供給ラインや風力発電所のタービンが凍ってしまうなどの異変が起きても、電力会社には対処する方策自体を持ち合わせていなかったのだ。

 

 天然ガスと石炭の火力発電所と原子力発電所で発電されるはずの2万8000メガワットと風力、太陽光の発電所で発電されるはずの1万8000メガワットの合計4万6000メガワットが、寒さが原因で供給できなくなってしまった。

 

 特に深刻だったのは天然ガスの供給ラインが凍ってしまったことだ。天然ガスの火力発電所は、石炭の火力発電よりも燃やす原料を蓄積しておく能力が小さい。供給ラインが止まれば、石炭よりも早く発電が不可能になるという。

 

 実はテキサス州は2011年にも大寒波に見舞われ、その際も大規模停電が起こり、深刻な状況を引き起こした。その際、電力業界は全国レベルで冬場対策のガイドラインを引き上げた。しかし、発電施設の改修などに多額の費用がかかることから、実際の対応は電力会社の自主的判断で行うこととなっていた。

 

 今回、大規模停電を起こした「電気信頼性評議会」(Electric Reliability Council=ERCOT)は州内の電力供給の9割を担う。同社は、2011年の寒波を受けて発電施設の改修を行ったが、先週の寒波は想定以上に強烈だったと説明し、寒波が強すぎて停電は避けられなかったと指摘した。

 

 しかし、ヒューストン大学のエネルギー関連の研究員、エド・ヒルス氏はAP通信の取材に対し「その答えはナンセンスだ。テキサス州はこの10年のうち8年は厳しい寒さになっている。今回の寒波は驚きではない」と話し、ERCOTの姿勢を批判している。

 

 同じテキサス州でもメキシコとの国境の町、エルパソは今回、停電被害はほとんどなかった。エルパソは州内でも電力供給は独立しており、El Paso Electric (EPE)が担っている。EPEは2011年の寒波を受けて、凍結防止などの態勢を強化し、今回の寒波にも準備周到で臨んだためだといわれている。

 

 米国本土の電力供給システムは大きく3つに分かれている。東部、西部、そしてテキサス州だ。テキサス州だけはシステムが独立している。これは、連邦政府を嫌う州の気質も背景にあるといわれているが、今回はこの独立気質があだとなった。システムの違いは、他州からの緊急送電の妨げになり、州民をさらに苦しめることとなった。

 

写真 テキサス州の大規模停電にテスラCEOのイーロン・マスク氏もおかんむりだ。多くの州民が停電で途方に暮れていた17日、自身のツイッターに「@ERCOT_ISO is not earning that R」と書き込んだ。文末の「R」はERCOTの社名にある「Reliability(信頼性)」の頭文字で、「ERCOTは、そのR(信頼性)を得られていない」と訳せるだろう。

 

 マスク氏はカリフォルニア州の税制を嫌い昨年12月、テキサス州内に引っ越した。また首都オースティンにテスラの工場を建設中で、生産拠点をカリフォルニア州からテキサス州に移転させようとしている。大停電はマスク氏のテキサス州への信頼感を少なからず損なわせたことになる。

 

 そんな中、州内に住むテスラ車のユーザーが、停電に見舞われたものの車の中で快適に過ごしたことをソーシャルメディアで紹介し、評判になった。

 

 テスラの車には2019年から「キャンプモード」機能が搭載されている。「キャンプモード」に切り替えれば車内の空調や照明を適度な環境で維持できる。マスク氏がこの投稿を読んだかどうかは定かでないが、テスラにとっては大規模停電の中での加点となった。

 

 テキサス州は企業への所得課税がないため、ここ数年、オラクルやヒューレット・パッカードなどの企業が本社をカリフォルニア州から移転し、新しいビジネス・ユートピアとなりつつある。住民の命を守るのは当然として、エネルギーの安定供給は企業活動の生命線を握るため、州内の電力施設の大規模な見直しは必要不可欠だ。企業からテキサス州政府への圧力も強まることが予想される。

 

 

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Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。