トルコの辺境アナトリア南東部。クルド人が住民の過半数を占め、彼らは同地を分断されたクルディスタンの一部、北クルディスタンと呼ぶ。元来農業以外の産業もなく資源に乏しく、大航海時代以降クルディスタンの交易路は廃れたため、首都アンカラや最大都市イスタンブールを有するアナトリア西部に比べ開発が遅れていた。トルコのクルド人差別政策もあり地域の開発は遅れていたが、70年代終わりにアナトリア南東部開発計画(GAP[1])が始まった。

 

 灌漑、ダム建設等による農業生産性向上、発電量上昇を目指していた。農業生産性の向上、電力供給の安定化に一定の成果を上げたと評価される一方で、地主がより裕福になり小作人は機械化の進展で職を追われる等格差が拡大し、また過剰な灌漑による環境の荒廃とチグリス・ユーフラテス川流域のイラク、シリアとの緊張を高めたと批判される。また、何より計画の目的が、クルド人をトルコ人に同化させた上で経済発展させ民族運動の沈静化を目指すものであったため、ダム建設に伴う伝統的村落や遺跡の水没、クルド人住民の強制移住といった、クルド人の民族アイデンティティの破壊をもたらした。今年もダム建設のため1万年以上の歴史を誇るヘシキフ(ハサンケイフ)遺跡の水没がクルド人の頭越しに決定され大きな反発を招いた。GAP開始と時を同じくし、クルディスタン労働者党(PKK)が結成され、80年代以降トルコ国家への武装闘争を開始し今に至る。

 

 GAPでは当初金属資源開発は想定されていなかった。しかし近年、石炭の外にはこれといった鉱物資源が知られていなかった北クルディスタンの領域に、豊富な金属資源の埋蔵することが期待され始めた。2013年、トルコの有力紙「ミリエット」は、「200万ドル相当の原油埋蔵量」いと題する記事を発表。南東部の資源調査に携わった金属資源専門家の発言に拠りつつ、南東部の資源は石炭だけでなく、銅、金、マグネシウム、銀、クロムといった豊富な金属が眠ると伝えた。特に銅の埋蔵量が多く、3900万トンと推定される。これらはクルド人の「テロ」により、未発掘のまま放置されてきたと加えた。記事タイトルの石油については、アララット山とアルダハン地域だけで2億ドル相当の埋蔵量が推定されるとした。同じくトルコの有力紙「ヒューリエット」は2014年、アナトリア南東部を目指す鉱業会社との記事を公開した。同地域での採掘許可を得た鉱業会社MMOディヤルバクル支社長ムスタファ氏による、数年で南東部の鉱業は大きく発展するとの観測を伝えている。ムスタファ氏によれば、マルディンではリン酸塩、イラクとの国境地帯ジョルメルガ(ハッキャリ)には亜鉛や水銀、ビンギョルではクロム採掘のため鉱業会社が進出する。

 

 トルコ政府や企業家はそれら資源について我が物顔で皮算用をしているが、それら資源がクルディスタン内にある以上、クルド人にも決定権がある。これら資源が埋蔵する北クルディスタンにおいては、長く自由を求めるクルド人とそれを抑圧するトルコ軍、官憲との熾烈な戦いが繰り広げられてきた。これら鉱物資源採掘においてクルド人との合意形成を疎かにすれば、巨万の富を生む資源は一瞬にしてトルコ政府を脅かす武器へと転化する。PKKがそれら鉱山を接俊すれば、本格的な軍事行動を起こす際の戦費調達の手段にもなり得るのである。

 

 実際、PKKは北クルディスタンを手中に収めかけたことがある。2015年9月のエルドアンによる一方的なトルコ政府とPKKの和平交渉破棄後、アナトリア南東部は戦乱状態に陥った。PKKの指導で設立された都市ゲリラ部隊・市民防衛隊(YPS[2])は、南東部各地の都市を一時的に掌握しトルコ軍、官憲と激戦を繰り広げた。事実上の内戦は、トルコ軍部隊がシリアとの国境地帯の街ヌサイビンをほぼ掌握した2016年3月まで続いた。それ以降散発的な襲撃はあるものの大規模な戦闘は発生していない。トルコ領内でPKKが軍事行動を実施する能力を失ったのであろうか。クルド人の話ではPKKは適切な時期がくるまで戦力を温存している。クルド人はトルコが対外政策で危機に陥るのを待っているとも推測できる。トルコ軍の主要な敵はクルド人であり、作戦行動の大半は北クルディスタンで遂行された。今ではトルコ軍は国外が主体となっている。シリアでは北部と西部を実効支配しアサド政権、クルド人勢力とにらみ合い、PKKが本拠地を構えるイラクでは違法に数十ヶ所の拠点を構築し空爆を繰り返している、東地中海ではギリシャ、キプロス、イスラエル、エジプトさらにフランスの艦隊と対峙し、リビアではシリア人傭兵を主体としながらハフタル派のリビア国民軍と戦う。この国際情勢下で南東部が2016年のような内戦状態になれば、トルコの他正面作戦は崩壊し危機的状況に陥る。北クルディスタンが独立するという可能性は限りなく低いが、今後起こり得る戦争の結果にしろエルドアン政権交代後にありうる交渉によるにしろ、イラク同様自治政府を樹立できれば、鉱物資源は民族の経済的自立を支える基盤となる。クルド人が唯一の友人と讃える山同様、その恵みは天然の武器となる。

 

  [1] Güney Doğu Anadolu Projesi

  [2] Yekîneyên Parastina Sivîl‎

 

 

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Roni Namo

 東京在住の民族問題ライター。大学在学中にクルド問題に出会って以来、クルド人を中心に少数民族の政治運動の取材、分析を続ける。クルド人よりクルド語(クルマンジ)の手ほどきを受け、恐らく日本で唯一クルドを使える日本人になる。今年7月に日本の小説のクルド語への翻訳を完了(未出版)。現在はアラビア語学習に注力中。ペルシャ語、トルコ語についても学習経験あり。多言語ジャーナリストを目指し修行中。

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