ラテンアメリカは波乱の年明けとなった。最大の経済大国であるブラジルでは昨年の大統領選で敗れたボルソナロ前大統領の支持者多数が大統領官邸などに乱入した。経済規模ナンバー2のメキシコでは麻薬組織の大物ボスの長男の逮捕をめぐって治安当局と組織が激しい銃撃戦を繰り広げ市民生活が大混乱に陥った。銅生産世界2位のペルーではカスティジョ前大統領の支持者による反政府活動が再び強まり、多数の死者が確認された。

 

 ブラジルで親ボルソナロ派が首都ブラジリアの大統領官邸や国会施設などに乱入したのは1月8日。500人以上が逮捕、1500人以上が身柄拘束された。2021年1月6日に米国で親トランプ派が国会に乱入した事件をなぞるような騒乱で、ブラジルの民主主義に「黄色信号」が灯った。

 

 1月1日に就任したばかりのルーラ大統領は当選後、国民融和を呼び掛けていたが、「優しい言葉」を発せられない事態に直面している。

 

 「南米のトランプ」と呼ばれるボルソナロ前大統領はルーラ大統領の就任式の2日前、12月30日にブラジルを飛び立ち米フロリダ州入りしていた。未だに大統領選での敗北を認めていないボルソナロ前大統領としては、就任式は認められず、国外退去した形だ。親ボルソナロ派の乱入の翌日である9日には腹痛で病院に駆け込み、一時入院した。ボルソナロ前大統領は2018年の選挙戦で暴漢に下腹部を刺されている。その時の古傷に痛みがあったという。「亡命先」から「名誉の負傷」を支持者にアピールするかのような行動だった。

 

 ボルソナロ前大統領は大統領として米国に入ったが、元日をもって公人ではなくなっている。米国滞在を続けていることに対し、米議会の民主党議員らからは、ボルソナロ前大統領を強制的に出国させるべきだとの声が強まっており、バイデン政権は「もう一人のトランプ」にも手を焼くはめになった。

 

 メキシコでは5日、犯罪組織「シナロア・カルテル」の幹部で、組織の大物ボスの長男を治安当局が逮捕した。「シナロア・カルテル」は数あるメキシコの犯罪組織の中でも有力な組織で、米国に大量の麻薬を密輸している。長男は、米国で社会問題化している合成麻薬の密輸を取り仕切っており、米治安当局にも指名手配されていた。

 

 2019年10月にメキシコの治安当局が長男を逮捕したものの、抵抗する「シナロア・カルテル」のメンバーが長男の居住地であるシナロア州クリアカンで治安部隊を襲った。激しい銃撃戦となっただけでなくメンバーが市街地で無差別な攻撃を仕掛け、一般市民に危険が迫ったことから、治安当局はやむなく長男を釈放した経緯がある。

 

 今回の逮捕は治安当局にとってはリベンジだった。逮捕に際しては2019年と同様に、クリアカンでメンバーによる激しい抵抗があった。治安当局との激しい銃撃戦は市内各所で起き、市民は自宅から一歩も出ないで息をひそめた。

 

 地元空港から離陸しようとする民間機にも多数の銃弾が浴びせられ、2カ所の空港が一時閉鎖されるなど映画さながらの大混乱となった。

 

 10日にはメキシコシティーで米国、カナダ、メキシコ3カ国による首脳会談が開かれ、長男の逮捕はメキシコを訪問したバイデン大統領への「土産」でもあったが、国際社会は犯罪組織に翻弄されるメキシコの「恐ろしい現実」を目の当たりにした。

 

 ペルーでは罷免、逮捕されたカスティジョ前大統領の釈放を求める反政府活動が「クリスマス休戦」を終えて、再び活発化した。治安当局との対立で9日にはチチカカ湖畔のプーノ州で17人が死亡した。カスティジョ前大統領が身柄を拘束された12月7日以降で「最悪の日」となった。

 

 カスティジョ派の組織「プーノ防衛戦線」のリーダーはロイター通信に「これは終わりのない戦いだ」と語り、強硬姿勢を崩さない。

 

 反政府活動は特に南部で強まっている。カスティジョ前大統領の釈放や大統領、議会選挙の前倒しを求めているが、根本的な要求は1990年代のフジモリ政権時代に制定された市場経済寄りの憲法の改定だ。

 

 銅生産世界第2位のペルーでは、世界的な銅山が南部の先住民居住区に集中している。しかし、経済を支える鉱山がありながら、南部の生活水準は非常に貧しく、リマなど太平洋沿いの大都市との経済格差は大きいままだ。

 

 小作農家の出身で元小学校教師のカスティジョ前大統領が2021年の大統領選で当選したのは、先住民らの不満が爆発した結果だった。

 

 カスティジョ政権は17カ月で80人の閣僚が入れ替わるなど、政権としての体をなしていなかったが、カスティジョ前大統領が身柄を拘束されたことが、先住民ら貧困層の「政治エリート」への怒りを一段と駆り立てた。

 

 「貧困住民」対「政治エリート」という構図で国が2分してしまっているのがペルーの現状だ。カスティジョ政権で副大統領だったボルアルテ大統領は南部の貧しい町の出身だが、抗議活動を続ける先住民をなだめることはできない。最近のペルーの世論調査では支持率は21%に留まり、罷免される直前のカスティジョ前大統領の支持率と同程度の水準にある。カスティジョ前大統領を罷免した議会への支持率はさらに低く13%だ。

 

 ボルアルテ政権は南部で抗議活動が活発化しているのは、隣国ボリビアの社会主義者が先住民らを刺激しているからだとして、ボリビアのモラレス元大統領と、他の8人のボリビア人のペルー入国を禁止した。

 

 ボルアルテ政権のいらだちは他国にも向けられ、地下資源が豊富な地域での新たな火種を生み出している。

 

  

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Taro Yanaka

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趣味は世界を車で走ること。

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