米国石油大手のシェブロンが南米ベネズエラで進めている資源採掘事業について、米国のバイデン政権が限定的な再開を認めた。ベネズエラに対する経済制裁の一部解除で、米国の対ベネズエラ政策の節目となる。一方でベネズエラは、イランとの関係強化も進めている。こちらも石油を含むエネルギー面での協力が柱となっており、世界最大の埋蔵量を誇るベネズエラ原油をめぐる動きが活発化してきた。

 

 シェブロンに対する採掘再開許可は米財務省が11月26日に発表した。6カ月の期限付きで、石油の生産や輸出など一連の事業の再開を認めた。シェブロンはベネズエラに留まる唯一の米国の大手石油会社で、トランプ前政権時代のベネズエラへの制裁強化により採掘がストップしていた。米国政府の決定により、共同事業者であるベネズエラの国営石油会社Petroleos de Venezuela SA(PdVSA)との採掘活動が再開される。

 

 今回の許可による採掘事業で得られた利益は、ベネズエラ側には渡らず、PdVSAからのシェブロンへの返済という形で支払われる。

 

 米財務省は経済制裁の一部解除について「今回の行動は、ベネズエラ国民の苦しみを軽減し、民主主義の回復を支援するために対象を絞った制裁解除をするという、米国の長年の政策を反映したものだ」と説明している。

 

 米国とベネズエラが対立を深めたのはオバマ政権時代からである。2013年に病死したチャベス前大統領を引き継いだマドゥロ大統領は、野党を含む反対派の弾圧を強めた。当時、米国にとってベネズエラは主要な石油輸入国だったが、オバマ元大統領は人権弾圧に対抗するためベネズエラに経済制裁を課した。オバマ政権では、政府高官らの海外資産を凍結や査証発行を認めないなど、主に個人を対象にした制裁だった。

 

 トランプ政権に移行してからは制裁の範囲が広がり、エネルギー分野を含む産業界を対象にした制裁になり、ベネズエラ経済に大きな影響を与えた。

 

 2018年の大統領選は主要野党がボイコットしたまま実施されたため、米国はマドゥロ大統領の再選を認めず、野党指導者で国会議長(当時)のファン・グアイド氏を暫定大統領として承認し、マドゥロ政権の追い落としを図った。しかし、2019年1月にグアイド氏が軍に蜂起を呼び掛けた「クーデター」計画が不発に終わり、2020年12月の国会議員選挙では野党のボイコットでマドゥロ政権与党が国会の多数派を占めたことで、グアイド氏は国会議長の座を奪われ、暫定大統領としての正当性がなくなってしまった。

 

 経済制裁と政治の混乱で国民生活は大混乱に陥り、多くの市民は生活必需品の購入もままならなくなった。弾圧と生活苦を理由に、これまでに700万人以上のベネズエラ人が難民として国を去ったといわれている。

 

 米国の経済制裁下でベネズエラは中国やロシアとの関係を強めたが、米国の経済制裁解除がなければ、国の正常化にはほど遠いことをマドゥロ政権も理解している。

 

 一方の米国はグアイド氏を現在も暫定大統領として支持しているものの、将来への期待が薄れたことから、バイデン政権になってマドゥロ政権との対話も始めた。ロシアのウクライナ侵攻もあり、エネルギー安全保障の観点からも、世界最大の原油埋蔵量を誇るベネズエラとの関係を修復することは国益にかなうことでもあるとの認識は強まった。今年春以降、米国はベネズエラの首都・カラカスに非公式の交渉団を何度も送っている。

 

 今回、米国が経済制裁の一部解除を決めた背景には、約1年前に中断したベネズエラの与野党協議がノルウェーの仲介で再開されたことがある。

 

 与野党協議は、米財務省が経済制裁の一部解除を発表したのと同じ11月26日、メキシコで再開された。300億ドル規模の「人権救済プログラム」を国連の監視下で実施することや、2024年に公正な大統領選を実施することについて、今後、与野党間で具体的に検討する方針だ。「人権救済プログラム」は食料の確保や教育、健康問題に直結する事業を実施するもので、経済制裁で凍結された資産などを財源に充てる。

 

 米財務省は、マドゥロ政権がこれらの実施に協力しなかった場合、シェブロンへの採掘事業再開許可を取り消す構えだ。

 

 バイデン政権の外交がベネズエラ問題を動かした形となったが、ベネズエラ側は米国と敵対するイランとの関係強化も着々と進めている。マドゥロ大統領は今年6月にイランの招待でテヘランを訪れ、政治的、経済的関係強化で合意した。共に米国の経済制裁の対象となっていることから、親密度は一段と強まっている。

 

 2020年以降、イランはベネズエラの石油精製施設の修復を支援しているほか、石油のスワップ協定を結ぶなどエネルギー産業を主とした経済協力に余念がない。両国政府の実務者によるハイレベル協議は頻繁に行われ、11月11~15日には、テヘランで9回目の会合が開かれた。イランとベネズエラのメディアによると、両国はエネルギー、科学技術、健康、教育、農業、観光など幅広い分野で新たな協定に署名したという。

 

 イランとベネズエラの関係は軍事色の深い分野にも広がっている。ロシアはウクライナ侵攻でイラン製のドローンを攻撃に使用しているとされるが、かねてからベネズエラはイランのドローンの生産地であると指摘されている。米国の対ベネズエラ政策は対イラン、対ロシア政策とも直結しており、米国がベネズエラ原油を本格的に採掘するには、「広範で深遠な外交」が必要となる。

 

 

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Taro Yanaka

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 趣味は世界を車で走ること。

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