前回のコラム「来年は経済急減速 高金利がラテンアメリカ資源ビジネスを圧迫」で石油生産を背景にした南米ガイアナの驚異的な経済成長について触れたが、そのガイアナで新しい油田が2つ発見された。新油田の発見は今年になって9カ所目で、「世界で最も急成長している国」の勢いは止まらない。

 

 一方でオイルマネーは領土問題を先鋭化させ、隣国ベネズエラはガイアナ西部の国土について領有権の主張を強めている。国土の8割以上が熱帯雨林に覆われる秘境の弱小国に熱い視線が注がれている。

 

 ガイアナは南米大陸北部に位置し、国土の南部はアマゾンの熱帯雨林の一角を担っている。世界地図を開いても、視線を向ける人が極めて少ないエリアで、中南米に駐在するビジネスマンの間でも「行く機会のない国」として語られている。

 人口は約79万人で、ほとんどが大西洋に面した地域に居住している。1966年まで英国領だったことから南米唯一の英語国だ。最近まで米州内の最貧国のひとつとされてきた。

 そのガイアナの運命を変えたのは大規模な海底油田の発見だ。2015年、米石油大手のエクソンモービルがガイアナ沖で発見した。2019年12月から「リサ・フェーズ1」と「リサ・フェーズ2」と呼ばれる2つの油田で原油採掘が始まり、現在では設計能力を超える1日当たり約36万バレルを生産している。

 

 エクソンモービルはその後もガイアナ沖で次々と油田を発見している。10月26日には「サイルフィン1」と「ヤロウ1」と呼ばれる2つの油田を発見したと発表した。「サイルフィン1」は深さ約1.4キロ掘削し、炭化水素を含む約95メートルの砂岩を掘り当てたという。また「ヤロウ1」は約1キロ掘削し、約23メートルの炭化水素を含む砂岩を掘り当てたという。

 ガイアナで新たに発見された油田は今年だけで9カ所。「スタブローク・ブロック」と呼ばれる約2万6800平方キロの海域には35カ所の油田が確認されたことになる。2023年の暮れには「パヤラ」と呼ばれる油田が、2025年には「イエローテイル」と呼ばれる油田が操業を始める予定で、その時点でガイアナの石油生産世界シェアは約1%に達する見込みだ。

 エクソンモービルは、米国のヘス・コーポレーション、中国の中国海洋石油集団(CNOOC)と提携して事業を進めているが、権益の比率はエクソンモービルが45%、ヘスが30%、中国海洋石油集団が25%となっている。

 世界でも重要な産油国になろうとしているガイアナの経済成長率は驚異的な伸びを示している。国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会によると今年の成長率は52%となる見込み。世界中の中央銀行がインフレ対策を最優先させ、景気後退が懸念される2023年でも30%の伸びが期待されている。

 

 新型コロナウイルスやロシアによるウクライナ侵攻の影響で混乱を極める世界経済の中で、「別世界」のような賑わいを見せているが、降ってわいたオイルマネーは120年に及ぶ隣国ベネズエラとの領土をめぐる対立に油を注いでしまった。

 

 ベネズエラはガイアナの首都ジョージタウンの西側を流れるエセキボ川より西に広がるエセキボ地域を自国領土だと主張してきた。エセキボ地域はガイアナの国土の3分の2以上を占め、熱帯雨林とともに豊富な地下資源があるといわれている。エクソンモービルが次々と油田を発見しているのはこのエセキボ地域の沖合だ。

 この地域の領有についてガイアナ政府は、1899年に国境をめぐる国際的な仲裁機関が英国領だったガイアナの領土だと認定し、ベネズエラもこれを認めたとして、エセキボ地域は自国領だと主張している。一方のベネズエラは1821年に国境線はエセキボ川であること宣言し、当時の英国政府も認めたはずだと主張している。

 

 石油問題が話題になり、ベネズエラはエセキボ地域の領有権主張を強めた。エセキボ地域に軍隊を派遣し、油田採掘の調査をするエクソンモービル関係者を逮捕するなど、緊張が高まった。このためガイアナ政府は2018年、国際司法裁判所(ICJ)に1899年の国境線決定の正当性について法的な判断をくだすよう申し立てた。ベネズエラ側は国際司法裁判所にこの問題を審議する管轄権はないと反発しているが、国際司法裁判所は自らに管轄権はあると判断し、審議が続いている。

 

 今年9月の国連総会でガイアナのアリ大統領は、エセキボ地域をめぐるベネズエラ側の動きを非難する演説をした。また10月には、ベネズエラの主張する国境線を記した地図がソーシャルメディアに多数掲載されているとして、ソーシャルメディア会社に対して削除するよう要請した。

 ガイアナ沖で採掘される石油は軽質油で、精製などがしやすい「優等生」だ。現在、ベネズエラで採掘される石油は重質油で、精製に手間がかかる。石油の性質の違いも領土問題を先鋭化させる要因になっている。

 ガイアナの石油開発でエクソンモービルの提携先として大きな権益を持つ中国は、独裁色を強めて国際的に孤立するベネズエラの「良き理解者」だ。米国による経済制裁の中、ベネズエラから石油を購入している。エセキボ地域の領土問題については、中国はまた裂き状態に陥っている。

 マドゥロ政権と激しく対立するベネズエラの野党陣営も、領土問題についてはエセキボ地域の領有権を主張している。石油を背景にした領土問題は複雑な事情を抱える国際問題に発展しそうである。

 

 

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Taro Yanaka

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 趣味は世界を車で走ること。

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