公安調査庁の経済安全保障特別調査室・近智徳室長は2022年10月21日、VACUUM2022真空展で「経済安全保障の確保に向けて~技術・データ等の流出防止」と題して基調講演した。近室長は、具体的な手口を紹介しながら、技術流出は不正調達など違法・不当な手段より、投資や買収、共同研究など通常の経済・研究活動を装う「隠蔽的・欺瞞的活動」の方が多いと述べ、注意を呼びかけた。また、不正調達では、通常の商取引にはない「違和感」が発覚のきっかけになると語った。

 

 東京ビッグサイトで2022年10月19日から21日まで開かれたVACUUM2022真空展(日刊工業新聞社主催)で21日、公安調査庁の経済安全保障特別調査室・近智徳室長が「経済安全保障の確保に向けて~技術・データ等の流出防止」と題して基調講演を行った。近室長は、具体的な手口を紹介しながら、技術情報の流出は不正調達など違法・不当な手段より、投資や買収、共同研究や人材交流など通常の経済・研究活動を装う「隠蔽的・欺瞞的活動」の方が多いと述べ、注意を呼びかけた。また、不正調達では、通常の商取引にはない「違和感」が発覚の大きなきっかけになると語った。

 

 公安調査庁は破壊活動防止法に基づき、国内外のテロ組織などの情報の収集・分析を行っている。近年は日本の技術的優位性を確保・維持するために、企業や大学、研究機関の技術情報・データ・製品の流出を防ぐ経済安全保障分野の情報収集にも積極的だ。

 

 安全保障といえば、伝統的に軍事、外交分野が主軸だったが、最近は経済・技術分野が大きな争点になってきている。2010年に尖閣諸島沖で起きた、中国漁船と日本の海上保安庁の巡視船との衝突事故で、中国は対抗措置としてレアアースの輸出規制を打ち出し、日本に揺さぶりをかけてきた例がある。

 

 

 

 経済安保が注目される背景に、技術覇権をめぐる米中対立の先鋭化がある。米国は理工系中国人留学生へのビザ発給要件を厳格化したり、輸出規制の対象に中国企業を多く追加したり、中国製情報通信機器の調達制限を打ち出したりしている。それに対し中国も、中国の主権の脅威となる外国組織をリスト化したりして対抗している。

 

 その結果、米国の規制に従えば中国側から不利な扱いを受けるなど、日本の企業や大学が米中の板挟みになる事態も起きている。

 

 ロシアによるウクライナ侵攻も、技術面の経済安保に暗い影を落とす。欧米とともにロシアへの経済制裁に加わっている日本に対し、ロシアは特許使用料の不払いを通告するなど強硬姿勢を示している。また、ロシアがウクライナ侵攻で使った武器の中に、日本の民生用半導体が使われ、日本企業に風評被害を与えるケースも出てきた。

 

 技術・データなどの情報流出経路は複数ある。不正調達やスパイ活動、サイバー攻撃など、違法・不正な手段が思い浮かぶが、近室長によると、そうした違法・不正な手段は「氷山の一角」で、技術流出につながる活動は、日本企業への投資や買収、留学生・研究者の送り込み、共同研究や共同事業、人材のリクルートなど、通常の経済・研究活動を装って流出を促すケースの方が多数にのぼるとみられ、「隠蔽的・欺瞞的活動」に注意が必要だという。

 

 近室長は具体的な事例を紹介しながら、注意を促した。以下に、近室長が挙げた実例と防止のポイントを紹介する。

 

【不正調達1】

 高度な技術を必要とする機械製品を販売するA社が海外現地法人を通じて自社製品を販売した。A社の担当者は、取引先B社が製品知識を持っていないことに違和感を持ったものの、外為法のリスト規制に該当しない製品であり、発注数も大きかったため、そのまま納品した。

 数か月後、取引先が製品を横流ししているという噂を聞いてB社に問いただしたものの、B社の説明は二転三転し、実態は分からないまま、転売の疑いが深まっただけだった。

 最終ユーザーとされる企業にも確認を求めたが、協力は得られずじまい。大量の自社製品の行方はいまだに分かっていない。

 

【不正調達2】

 無人機の部品を製造販売している日本企業C社が、第三国にある代理店を通じて、取引先Dから発注を受け、E社に納入していた。この取引を数年間続け、途中、取引実績のない複数の会社が代金を支払うなど、違和感が残る取引があったものの、深刻な事態だとは思わず納品を続けた。

 その後、E社に納入した製品が某国の武装勢力の手に渡り、その国のエネルギー関連施設への攻撃に使われたことが判明した。

 詳しく調べてみると、発注元と納品先は一見関連性がないように見えたものの、二つの所在地や担当者名には共通点があり、背後に調達に関わる国際的なブローカーがいるとみられた。

 C社が外為法違反に問われることはなかったが、自社製品が軍事転用されたことでブランドに傷がつき、その後の取引に大きなマイナスの影響が出ることが懸念される。

 1も2も、担当者は通常の商取引では感じない「違和感」を覚えていた。大切なのは、その違和感を大切にすることで、違和感を持った時点で取引内容や相手先などを確認していれば、流出は防げた可能性がある。

 

 (取引における「違和感」の例=公安調査庁発行のパンフレット「経済安全保障の確保に向けて2022」より)

 

 

【不正調達3】

 某国は外為法による規制で、日本との輸出入がほぼ全て制限されている。それを受け、日本企業F社は、その国との取引を禁止していた。しかし、某国の企業G社は、F社が販売する素材製品に狙いを定め、海外子会社から発注した。

 F社の海外子会社は、某国からの取引であると認識していた。だが、某国との取引は禁止というF社の方針を理解しておらず、G社に販売してしまった。

 このケースでは、現地子会社が製造した素材製品を現地で輸出したことから、外為法の規制を潜り抜けてしまった。本社の取引指示の徹底が望まれる。

 

【産業スパイ】

 日本企業H社の社員Iは処遇に不満を持ち、転職を目指してビジネスに特化したSNSに登録して発信していた。某国の企業関係者は、Iの自尊心をくすぐり、承認欲求を満たす言葉でLを誘い、「技術指導してほしい」と持ちかけ、旅費、滞在費持ちで某国に呼び寄せるなど、親密な関係を築いた。

 最終的にIは私物のUSBを使って営業秘密をダウンロードし、某国企業関係者に渡してしまった。

 Iは営業秘密漏洩で懲戒解雇されたうえ、不正競争防止法違反で起訴され、有罪判決を受けた。

 ビジネス特価型SNSの利用者の多くは転職を意識しているため、学歴、職歴などを非常に詳細に登録している例が多い。そのため、情報収集を行う側からすると、ターゲットを見つけやすい有用なツールとなっている。技術情報流出を狙う国の関係者はビジネス特化型SNSを詳細にチェックしていると考えられる。

 社員の社内の秘密情報へのアクセス権限に合わせ、SNSの登録、発信で、どこまで開示していいかの社内ルール作りが必要ではないか。

 

【投資・買収】

 日本からの情報流出を狙う国の企業が、新たに日本に子会社を設立することにより、出資元を秘匿して日本のハイテクメーカーを買収しようとするスキームを立案した。

 ただ、諸事情により、結局、買収は成立しなかった。

 日本企業が投資・買収のターゲットになる背景には、中小企業の事業承継の難しさという日本独自の問題がある。中小企業庁によれば、2025年には事業承継問題を抱える中小企業の経営者は127万人にのぼる。社長が70歳以上の245万社のうち、半数が後継者未定で、実に日本企業全体の3分の1に当たる。

 情報流出の懸念がある国の出身者で、日本の業界団体の幹部を務める男性は「高い技術を抱えながら、後継者問題を抱える日本企業への資本注入に強い意欲がある」と話す。

 日本の中小企業は、自社の技術力を過小評価しがちだが、中小企業が持つ「オンリーワンの技術」は、相手国からすれば喉から手が出るほど欲しい技術やノウハウであることを自覚し、資本受け入れに際しては、技術情報流出の懸念がないかも検討してほしい。

 

【合弁】

 日本のメーカーJ社は、海外で合弁企業を立ち上げた。現地で自社製品を製造させるために、合弁企業に設計図を送った。J社は日本の商習慣が守られ、設計図がコピーされたり、横流しされたりすることはないと考えていた。しかし、合弁相手はJ社に無断で設計図をもとにコピー製品を製造し、J社の半分の価格で売り出した。

 コピー製品はJ社製に酷似していたものの、性能は低かった。しかし半額が効いて、J社製を駆逐し、J社はその国の市場から撤退することを余儀なくされた。

 合弁企業であっても、目的外利用の禁止などを契約に盛り込み、実効性を担保するために監査もできる体制が望ましい。

 

【共同研究】

 某国の著名通信機器メーカーK社は、本国政府、軍と密接な関係があると指摘されている。

 K社は日本の大手企業出身者を多数採用し、それらの人脈をフル活用して、共同研究を打診してくる。N社は共同研究に際して、相場を大幅に上回る提案をすることが多く、共同研究を持ちかけられた企業、大学には非常に魅力的に映る。

 しかし、日本企業が持つ特許の無制限使用を申し入れたり、融資の見返りとして社内の技術情報を提供させたりするという、日本企業にとって不利な契約を求めているという指摘がある。

 

【人材のリクルート】

 情報処理推進機構によれば、営業秘密の漏洩原因で最も多いのは「中途退職者による漏洩」で、36.3%にのぼる。

 某国の国策企業L社は日本に設立した法人を採用拠点として、実態を隠して日本のハイテク業界の技術者をリクルートしていたが、報道で暴露されてしまった。その後、別に複数の法人を設立、日本の同分野の大手企業出身の日本人を社長に据えて、リクルートを続け、技術者の獲得に成功した。

 日本企業としては、転職が判明した場合、転職先や背後関係に十分注意し、秘密保持契約はもちろん、転職者の秘密情報へのアクセス管理、持ち出し制限の徹底が望まれる。

 

【人材交流】

 日本の国立大学の教授はある最先端分野のトップランナーだったが、某国の研究者大量招致計画に応じ、某国の大学に新設された研究機関に移った。さらに日本の大学時代の教え子など若手研究者をリクルートし、同じ研究機関で働かせている。

 某国は軍民の人材交流が激しく、研究内容が軍事関連である場合、転職した人材が意図しなくとも、その高度な技術が軍事転用される可能性をはらんでいる。

 また、この国の研究者大量招致計画では、研究者が得た知的財産の権利は某国の大学が保有する規定が入るなど、研究者に不利になる可能性もあり、契約内容の精査が必要だ。

 

公安調査庁の経済安保に関する相談・連絡窓口

https://www.moj.go.jp/psia/kouan_mail_keizaianpo.html

psia-es@i.moj.go.jp

 

 

(IRuniverse  HATAKAWA,Takeshi)