世界のリチウム資源の半分以上が埋まっている南米の「リチウム・トライアングル」への中国の進出が止まらない。2018年から2020年の3年間の投資額が160億ドル(2兆2880億円)にのぼり、その後も採掘会社の買収や製錬工場、バッテリー製造会社の設立などを活発化させ、独占的な地位を確立する最終段階にある。武器開発での希少金属を南米に依存する米国としては、この地域での中国の存在は軍事的な脅威であり、西側社会全体の安全保障の大きな懸念材料になっている。

 

 「リチウム・トライアングル」はアルゼンチン北西部、チリ北東部、ボリビア南西部の3国の国境をまたぐ地域で、リチウム資源が眠る塩湖が多く点在している。広さは約39万8000平方キロメートルで、約38平方キロメートルの日本よりも広大である。電気自動車の電池の主原料となるリチウムの、この「リチウム・トライアングル」での確認埋蔵量は世界全体の56%を占めており、中国はこの地域への進出の手を緩めない。

 

 アルゼンチンでは2021年5月、中国のリチウム大手ガンフォンリチウムが、「リチウム・トライアングル」の域内にあるフフイ州に、リチウムイオン電池の製造工場を建設するための覚書をアルゼンチン政府との間で交わした。翌月の6月には隣接するサルタ州に太陽光を利用したリチウム採掘施設の建設計画を明らかにした。

 

 2022年2月には中国のツージン・マイニング・グループが、カタマルカ州での大型リチウム開発「Tres Quebradas project」の一環として、リチウムの精錬工場建設を発表した。投資額は3憶8000万ドル(543憶4000万円)にのぼるという。同7月にはガンフォンリチウムが、カナダのLSCリチウムが所有していたアルゼンチン・リセアを9憶6400万ドル(1378憶5200万円)で買収した。

 

 同じ7月には中国のザンジー・マイニングが、ウルトラ・アルゼンチンSRLと共にカタマルカ州での「Laguna Verde Project」に2憶9000ドル規模(414憶7000万円)の出資をすることを明らかにした。

 

 この1、2年のアルゼンチンでの中国企業の動きは投資額も巨大で、アルゼンチン内での中国の経済的影響力を一段と拡大させる結果となった。

 

 リチウム開発とは別な分野でも、中国企業の動きは活発だ。2019年7月、中国通信大手のZTEが町の治安監視システムの導入でフフイ州と契約した。監視カメラやモニタリングセンターの設置、緊急時の対応サービス、電気通信インフラ整備などを請け負っている。契約額は3000万ドル(42憶9000万円)だ。

 

 フフイ州は元々、貧しい地域で、地域の犯罪発生率は国平均を上回っている。フフイ州当局にとっては比較的安価な中国の治安監視システムは「願ったり、かなったり」だ。当局関係者は「フフイは中国国内と同等の安全を手にした」と胸を張っている。

 

 中国のリチウム戦略の要でもあるフフイ州の治安は、中国にとっても重要であり、リチウム投資に関連する社会基盤投資でもある。

 

 その一方で、フフイ市民は中国並みに個人の行動が監視されることになった。監視データが中国企業から中国当局に流れることは「周知の事実」とされる。市民のプライバシーが裸にされることへの不安が広がっている。

 

 チリでは、中国企業は世界を代表するチリの化学会社と結びついている。2018年10月に中国の鉱山会社タンキが、チリのソシエダード・キミカ・イ・ミネラ(SQM)の株式を24%取得した。これにより中国はチリのリチウム生産に大きな影響力を与える存在になった。チリで生産されるリチウムの約40%は中国が輸入している。

 

 2022年1月には中国の自動車会社BYDが、チリ政府から8万トンのリチウム採掘権を取得した。契約額は6100万ドル(87憶2300万円)だ。

 

 世界最大の埋蔵量がありながら、本格的な商業ベースのリチウム生産が始まっていないボリビアでも中国は影響力を強めている。

 

 2016年9月にはボリビア政府が中国に対し、加工されたリチウム1万トンを輸出することを誓約したほか、2018年5月には中国のエンジニアリング会社に炭酸リチウム生産工場の建設を許可した。

 

 2019年2月には中国の電工会社大手TBEAが、ボリビア国営リチウム公社(YLB)との大規模なリチウム開発共同事業を発表した。TBEAは事業の権利を49%取得した。

 

 「リチウム・トライアングル」での中国の影響力の拡大は、米国と西側諸国の軍事的脅威となっている。2016年から2019年の米国のリチウム供給量の約90%は、アルゼンチンとチリからの輸入だ。リチウム開発で中国が影響力を強めるということは、多量のリチウムイオン電池が必要となる米軍の武器やナビゲーション・通信システムの製造を、結果として中国に委ねる形になるからだ。

 

 こうした状況を、中南米を担当する米南方軍のローラ・リチャードソン司令官も強い懸念を示している。

 

 2022年7月、米国の非営利団体が主催するシンポジウムでリチャードソン司令官は「リチウム・トライアングル」の現状を含め「中国は(ラテンアメリカで)チェスをしている。彼らは米国を弱体化させるために、民主主義を弱体化させるために、そこにいる」と話し、警戒感をにじませた。

 

 

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Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

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