通貨危機に陥っているアルゼンチンの政治・経済情勢が混迷の度を増してきた。極端な外貨不足から政府が輸入を制限する動きを見せているほか、市民が銀行口座から米ドルを引き出す動きが加速している。自国通貨ペソの暴落で、少しでも早くペソを手放したい人たちは闇市場の両替商の所に駆け込む。一方、元大統領である現副大統領は汚職事件で連邦検察から12年の禁固刑を求刑され、政権と司法の対立が深まっている。

 

「世界には4種類の国がある。先進国、途上国、日本、アルゼンチン」ーー。

 1971年にノーベル経済学賞を受賞した米国の経済学者、サイモン・クズネッツ氏が冗談交えて語った言葉だ。戦後の荒廃から一気に先進国の仲間入りをした日本は世界に類を見ない国だが、一時は世界で最も富める国であったのに一気に転落したアルゼンチンも他に比べることができない国である。

 

 クズネッツ氏がこう分析した以降もアルゼンチンは「独自の歩み」を続け、独立以来、デフォルト(債務不履行)に陥ったのは計9回に上る。

 

 最も新しいデフォルトは2020年で、アルゼンチンは現在、国際債券市場から事実上、締め出された状態が続いている。

 このためアルゼンチン政府は、資金調達のため紙幣の増刷と国内債の発行をしているが、物価の上昇で金利負担は日に日に厳しくなっている。

 

 IMF(国際通貨基金)とは440億ドルの債務再編計画で合意しているが、この中にはハイパーインフレを起こさないために紙幣増刷の上限が設けられている。赤字を穴埋めするための増刷は1年で7650憶ペソまでとされているが、6月以降の急ピッチの増刷で既に6300憶ペソを超えてしまっている。「手駒」は尽き果てつつあるのだ。

 

 このため、アルゼンチン政府は輸出を促進し、輸入を制限する法案の提出を急ごうとしている。輸出にかかる時間を短縮するなどして国内製品を輸出しやすい環境にする一方、具体的に商品区分を示して輸入を規制する方針だ。まずはヨットなどの高額なぜいたく品、スロットマシーンなどの娯楽機器が対象となりそうだという。

 

 しかし、農家は主力農産品の大豆(輸出量で世界第3位)などを抱え込む動きを見せている。急速な経済環境の悪化を逃れようとしているためで、国内供給を鈍らせるだけでなく、輸出にも影響が出そうだという。

 

 ペソの暴落を嫌って、ドルを抱え込む市民はアルゼンチン国内の金融システムに不安を持ち始めた。ブルームバーグによると、7月以降、アルゼンチンの銀行口座から引き出された米ドルの額は10憶ドルを上回った。取り付け騒ぎにも似たハイペースの引き出しに政府は警戒感を隠せない。アルゼンチンでは2001年12月に、政府が銀行からの現金引き出しを制限したことがある。市民は銀行システムを守るための措置が、新たな社会的混乱を招くということを、比較的最近の出来事として記憶している。

 

 こうした経済危機を増幅させているのが正義党(ペロン党)政権内のゴタゴタだ。7月、政権の経済政策の責任者である経済相の交代劇が2度あり、危機的状況の中、1カ月で3人が経済相を担うという異例の事態となった。

 

 混乱の背景には元大統領でもあるクリスティナ・フェルナンデス副大統領がいるといわれる。副大統領は経済政策を巡ってアルベルト・フェルナンデス大統領と意見が合わない。IMFと合意した債務再編計画は、政府に緊縮財政を強いる内容だが、副大統領はこれに異を唱え、国民生活を守るための支出を増やすべきだと主張している。

 

 アルゼンチンは2023年に大統領選が予定されている。副大統領は2007年から2015年まで大統領を務めているが、来年の大統領選にも立候補する意欲を見せており、有権者受けの良い大衆迎合的な経済政策を口にしていると指摘されている。

 

 その副大統領に司法当局が牙をむいた。副大統領は大統領時代の公共工事の入札をめぐる汚職事件で訴追されているが、連邦検察は22日、12年の禁固刑と無期限の政治資格のはく奪を裁判所に求めた。ディエゴ・ルシアーニ検事は「この国で最大の汚職だ」と副大統領を厳しく批判した。

 

 これに対して副大統領は「メディアと司法による銃殺隊だ」とコメントし、司法による暴走行為だと検察を非難した。またフェルナンデス大統領も「何も証明されていない」とコメントし、副大統領を擁護した。メキシコやペルー、ボリビア、チリの左派系大統領も副大統領を支持する姿勢を示し、アルゼンチン国内の政権と司法の対立はラテンアメリカ全体に広がり始めた。

 

 副大統領は2003年から2007年まで大統領を務めたネストル・キルチネル氏の妻でもあった。ファーストレディー、大統領、上院議員、副大統領と権力を「総なめ」し、再び大統領の座を狙う。

 

 副大統領が所属する正義党はアルゼンチンに長く君臨し、独裁者ともいわれたフアン・ペロン元大統領の流れをくむ。ペロン元大統領の妻は女優のエバ・ペロンで、後に政治にも深く介入した。労働者階級からの人気は高く「エビータ」の愛称で親しまれ、その生涯はブロードウエイのミュージカルでも描かれた。

 

 通貨危機の中、クリスティナ・フェルナンデス副大統領は、自らを「エビータ」と重ねているのかもしれない。

 

 

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Taro Yanaka

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 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

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