アルゼンチンの空港に足止めされたままのベネズエラの貨物機について、米司法省が差し押さえることをアルゼンチン政府に求めたことが明らかになった。テロ組織とのつながりが疑われ、6月以降、乗組員と機体がアルゼンチンに留まっているという異常事態は、米国が表舞台に現れることで新たな局面を迎えた。

 

 8月2日の米司法省の発表によると、差し押さえ要請は首都ワシントンにある米コロンビア特別区連邦地方裁判所が発行した7月19日付けの令状に基づくもので、ブエノスアイレス近郊のエセイサ国際空港に駐機させられているベネズエラの航空会社エムトラスールのボーイング747-300型機を没収する許可をアルゼンチン政府に求めた。同機は2021年10月ごろ、イランのマハン航空からベネズエラのエムトラスールに売却されているが、共に米国の経済制裁の対象になっている航空会社で、売買の際に米国政府の許可を得ていなかったことが、米国の輸出管理法などに違反しているという。ボーイング社製の機体は米国で製造されたものであることが、この判断の根拠となっている。

 

 同機は6月6日、メキシコから自動車部品を積んでエセイサ国際空港に着陸した。2日後の6月8日、ウルグアイに飛び立ったが、ウルグアイ当局がパラグアイから受けた緊急通報を理由にウルグアイ国内への着陸を拒否したため、同機はエセイサ国際空港に戻った。パラグアイからの緊急通報は同機がテロ活動に使われているとの内容だった。アルゼンチン当局は、同機がエセイア国際空港に再度着陸したところで、機体と乗務員19人を国外に出さない措置をとった。

 

 19人はベネズエラ人14人とイラン人5人で、イラン人が機長だった。ボーイング747-300型機が貨物機として使用される場合、乗務員は5人もいれば十分だが、19人いたことが疑惑を強めた。テロ活動家を移動のために乗せているとの疑惑だ。

 

 アルゼンチン国営メディアは、イラン人5人は747-300型機のパイロット指導員だったと伝えたが、その後、ゴラムレザ・ガセミ機長がイランの最高指導者ハメネイ師に直属するイラン革命防衛隊の元司令官であることが分かった。イラン革命防衛隊は米国が2019年に「外国テロ組織」に指定している。さらにガセミ機長はイランの別の航空会社ケシム・ファーズ・エアの取締役で、株主でもあることが判明した。ケシム・ファーズ・エアも米国の制裁対象企業だ。このためアルゼンチン当局はガセミ機長を拘束した。

 

 米司法省によると、その後のアルゼンチン捜査当局による機体内部の捜索で、エムトラスールに売却した後のこの機体の飛行記録が記された、マハン航空の日誌が見つかったという。この機体が現在も、イランとのつながりがあることを証明する資料として注目されている。

 

 米司法省による機体差し押さえの要請は、アルゼンチン連邦裁判所が足止めしている19人の乗組員のうち12人のパスポートを本人に返却することを決めた翌日のことだった。12人が国外に出られるようになることは、テロ疑惑を解明するための今回の異例の措置が大きく緩和されることを意味する。7月25日には、機体に積み込まれた自動車部品を運び出すことを連邦裁判所が許可した。機体の駐機命令が解かれる流れになる前に、米国は差し押さえ要請で先手を打った形だ。

 

 ただ、アルゼンチン連邦裁判所も、テロ疑惑については徹底的に解明する姿勢に変わりはない。12人にパスポートを返却するとの決定の一方で、ガセミ機長を含むイラン4人とベネズエラ人3人については、今後もアルゼンチン国内に滞在させることについては捜査当局の考えに同調している。担当のフェデリコ・ビジェナ判事は7人については、まだ捜査する要素が残っている、と指摘しており、自動車部品を運ぶだけが同機のフライトの目的だったのかどうか、依然として疑問が残る。

 

 イラン政府は7月20日、アルゼンチンに対しエセイサ国際空港近くのホテルに留まらされているイラン人に出国許可を出すよう要請した。外交問題に発展しているこの問題で、アルゼンチンの連邦裁判所が7人を解放しなかったことは、イラン政府の要請が事実上、跳ねのけられたことになる。

 

 アルゼンチンでは1992年3月にブエノスアイレスのイスラエル大使館で自爆テロがあり、29人が死亡。1994年7月にはブエノスアイレスのユダヤ人協会本部が爆破され85人が死亡した。イランの関与が指摘されているが、ユダヤ人教会本部での事件をめぐっては、アルゼンチン当局はイランのラフサンジャニ元大統領らを国際手配した。だが、事件の真相は解明されていない。

 

 背後にあるのは、アルゼンチンとイランの密約疑惑だ。2007年12月~2015年12月に大統領を務めたクリスティナ・フェルナンデス元大統領が、爆破事件のイラン人容疑者を処罰しない代わりにイランが格安な原油などをアルゼンチンに提供するとの密約をイランと結んだという疑惑だ。この疑惑を捜査していた検察官のアルベルト・ニスマン氏は2015年1月18日、自宅の浴室で不審な死を遂げている。

 

 クリスティナ・フェルナンデス元大統領は、現在のアルベルト・フェルナンデス政権の副大統領だ。経済危機が深刻化するアルゼンチンでは急進派の副大統領は日に日に発言力を増している。

 

 

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Taro Yanaka

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