ボリビアのリチウム開発のために参入する外国企業の選考作業は、当初の予定より半年ほど遅れ、最終選考が12月に行われることになった。このコラムで既にお伝えしたが、ボリビア政府は米国のEnergy Xを失格とし、選考に残っているのは現在、米国1社、ロシア1社、中国4社の計6社での争いとなっている。米国勢が劣勢に立たされているのは、ボリビアが現在、社会主義政権であるということだけではない。2008年にラパス駐在の米国大使が追放されて以来、大使不在が続いていることが大きく響いている。

 

 ボリビアはリチウムの確認埋蔵量が世界トップでありながら、本格的な商業ベースでの採掘は実現していない。リチウムが眠る塩湖が標高の高い場所にあることや、地質・地層の問題など技術的な問題が多く、国内で唯一、採掘が許されている国営リチウム公社(YLB)だけでは問題を解決できない。このため外国企業との提携を目指している。ただ、技術面だけではなく、ボリビア固有の歴史と政治情勢が問題を複雑にしている。

 

 ボリビアは1825年、「南米解放の父」と呼ばれるシモン・ボリバルのもとでスペインからの独立を宣言した。錫や原油など豊富な地下資源をめぐる対立などの政情不安が続いた後、1952年に民族主義革命運動が起こり、男女普通選挙の実施やインディオに選挙権・公民権が与えられるなど民主化が進んだ。しかし、1964年に軍部によるクーデターが起こり、長い不安定な時代に突入する。

 

 軍政時代は権力争いにより次から次に大統領が入れ替わったが、マルクス主義の拡大を阻止するため米中央情報部(CIA)が多額の資金支援をするなど、米国が軍政を支えた。

 

 社会主義革命を目指してボリビアに潜入していた革命家、チェ・ゲバラはCIAが支援するボリビア軍によって捕らえられ、サンタクルス県のイゲラという小さな村で処刑された。

 

 1982年に民政に移管されたが、市場経済化に伴い国民の経済格差が拡大し、先住民を中心とした反政府運動が頻発した。2003年には米国向けの天然ガス輸出計画を推進するロサダ政権に対する先住民らによる抗議行動が暴徒化した。ロサダ大統領は辞任し、メサ副大統領が大統領に昇格したが、抗議行動が一段と激しくなった。2005年にメサ大統領も辞任し、同年12月に前倒しで大統領選が行われ、ボリビア史上初の先住民大統領が誕生した。反米の急先鋒、モラレス大統領である。

 

 今回のリチウム争奪戦に大きく影響しているとされる米国大使追放は、モラレス大統領が2006年1月に就任して2年9カ月たった2008年9月10日に起きた。

 

 駐ラパス米国大使のフィリップ・ゴールドバーグ氏はその日、ボリビア外務省で外相と面会していた。ボリビアはコカインの製造、密輸の一大拠点となっているため米国の麻薬取締局(DEA)はボリビアの治安当局と合同で、ボリビア国内での取り締まりにあたっていた。ところが突然、ボリビア政府は掃討作戦をしていたチャパレ地区からDEAはすぐに離れるよう米国大使館に通告してきた。ゴールドバーグ大使はこの件で外相に呼び出されていた。チャパレ地区はモラレス大統領の政治活動の拠点で、かつてコカ栽培組合の代表を務めた地区である。

 

 協議の最中に外相の携帯電話が鳴った。モラレス大統領からの電話だった。ゴールドバーグ大使の国外追放を今、発表したばかりだと、モラレス大統領は外相に伝えた。

 

 モラレス大統領は大統領府でのスピーチで「米国の大使は民主主義を害するたくらみをし、ボリビアを分断しようとしている」として、ゴールドバーグ大使の追放を明らかにしていた。

 

 ボリビアではそのころ、反モラレスの抗議行動が激化していた。反モラレス派が強いサンタクルスではデモ隊が県庁舎になだれ込み、火を放った。またブラジルに天然ガスを供給するパイプラインを破壊するなどした。モラレス大統領はこうした反政府運動の背景には米国がいると決めつけ、大使個人も反政府活動の扇動にかかわっていると主張した。

 

 米国側はモラレス大統領の主張を「事実無根だ」と強く否定し、ボリビア政府の決定を厳しく批判した。通告の仕方も外交儀礼としては極めて異例であったため、米国とボリビアの2国間関係は一気に冷え込んだ。米国はこれ以来、ボリビアに大使代理を派遣しているだけで、大使は不在のままになっている。

 

 ボリビアの現政権はモラレス政権直系である。アルセ大統領はモラレス政権で経済・財務相を務めていた。それだけでもリチウム争奪戦に臨む米国にとってはマイナスであるが、長期間の大使不在は、関係改善の足掛かりさえ持てないことを意味している。ボリビア左派の米国との確執は、軍政時代以来、約60年続いている。歴史も米国に重くのしかかる。

 

 Energy Xは書類の提出遅れが取り返しのつかないミスとなり、失格となった。Energy Xは選考対象社の中で唯一、リチウム採掘の実績がある企業だった。選考に残っている6社の「実力」に疑問を抱く関係者は少なくない。世界のリチウム市場を左右するボリビアの争奪戦は、市場経済とは別の世界で進んでいるようだ。

 

 

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Taro Yanaka

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 趣味は世界を車で走ること。

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