インフレが進む中、マーケットの投資家心理を支えているのは、中国政府が多額のインフラ投資に動くのではないかとの観測だ。中国の4~6月の国内総生産(GDP)は実質で前年同期比0.4%増に留まった。経済の失速ぶりが数字に現れた形だが、一方で5月に矢継ぎ早に発表された経済対策を上回る大規模な景気刺激策の現実味が高まってきた。中国との関係を深めるラテンアメリカの国々は、目先の中国の動きが気になる。食料、燃料価格の高騰に耐えられなくなった市民は、ラテンアメリカ各地で抗議行動を続ける。市民の怒りを鎮められるかどうかは、中国の景気刺激策次第となっている。

 

 世界の銅の54%は中国で「消費」される。中国が輸入する銅の55%はチリとペルーで産出されている。鉄鉱石は、世界の輸出量の70%が中国に入ってゆく。中国にとってブラジルはオーストラリアに次ぐ鉄鉱石の買い付け国だ。

 

 チリは銅生産で世界トップ。GDPの約10%は銅生産関連だ。左派のボリッチ大統領は抜本的な構造改革を掲げ、銅など地下資源の輸出で得た収入を元手に社会保障の充実を図ろうとしている。「少数の特権階級と戦う」との政治姿勢が国民の支持を得て、3月に36歳の若さで就任したボリッチ大統領だが、新型コロナ対策を早々に終わらせたため、支持率が急落し早くも苦境に立たされている。

 

 チリでは9月4日に憲法改正のための国民投票が予定されている。現在の憲法はピノチェト軍事政権(1973~90年)で制定されたもので、国の国民に対する義務などを記した項目が少なく、新憲法制定を求める声が強かった。

 

 新憲法草案では、国民には医療や教育を受ける権利があることを明確にしている。また、国を「多民族国家」と位置づけ、先住民を重視する内容となっている。

 

 新憲法が制定された場合、国家財政からの社会保障への支出は各段に増えることになる。この財源の柱になるのは、鉱山会社から徴収する税金だ。ボリッチ政権が7月1日に発表した税制改革案では、法人税を引き下げる代わりに開発税を導入する。また、鉱山採掘権への課税率を引き上げ、営業利益率や銅価格の変動によって税率が変動するようにした。これによりGDPの4.3%に相当する税収増が見込まれるという。

 

 しかし、思うように税収が増えるかどうかは中国の資源需要にかかっている。中国の2021年の銅の輸入は、景気減速のため前年比で17.2%減少した。2022年3月は上海市が新型コロナの感染拡大でロックダウンしたことなどにより前期比8.8%の減少となった。

 

 憲法改正を伴う劇的な社会構造の変化を成功させなければならないボリッチ大統領にとって、中国経済の減速度合いは想定を超えているのかもしれない。銅需要を刺激する中国当局による景気刺激策が、ボリッチ政権の運命を握っている。

 

 銅生産で世界2位のペルーは、ここ数カ月、食料や燃料の価格高騰に苦しむ市民の反政府デモが続いている。左派のカスティジョ政権は2月に首都リマなどに発令した緊急事態宣言を8月まで延長した。名目上は凶悪事件を抑え込み、組織犯罪を取り締まることだが、緊急事態宣言は市民の集会・結社の自由を大幅に制限できる。

 

 4月にはリマでデモが激化したため、カスティジョ政権は夜間外出禁止を発令した。インフレで市民の日常生活は悪化し、ストレスのはけ口は政府に向かう。食料品や燃料代の負担軽減策を強化するにしても、巨額の対外債務がカスティジョ政権に立ちはだかる。

 

 銅価格の値上がりと中国による持続的な銅需要が、財政を支える最大の要素となる。2021年7月に就任したカスティジョ大統領は既に2回、国会に不信任案が提出されている。共に乗り切ったものの、比較的容易に大統領を解任できる憲法のもとで、カスティジョ大統領の綱渡りの政権運営が続く。何はともあれ中国に銅を買ってほしいというのがカスティジョ政権の願いだ。

 

 しかし、国内の銅生産の現場は不安定だ。大統領の支持基盤である先住民が、各地で鉱山会社への抗議行動を強めているためだ。カスティジョ大統領は先住民の生活向上を公約に掲げているが、これがかえって先住民の抗議行動を強めることとなり、銅生産がストップするなどの影響が出ている。銅を巡る負の連鎖を解決するのはカネしかない、というのが大統領の正直な気持ちだろう。

 

 ブラジルは10月に大統領選が迫っている。現職で右派のボルソナロ大統領と左派のルーラ元大統領との事実上の一騎打ちだが、ともに低所得者向けの大規模な支援策を打ち出している。

 

 ブラジルには「ボルサ・ファミリア」と呼ばれる低所得者支援制度があった。子供の就学や予防接種などを資金面で支援するプログラムだが、ルーラ元大統領が現職の時にいくつかの支援制度をまとめて発足させた。

 

 ボルソナロ大統領は2021年12月に、大統領選を意識して、これに代わる新しい制度を導入した。

 

 大統領選は世論調査ではルーラ元大統領が常にリードしているが、どちらが勝利するにせよ、低所得者向けの巨額支援制度の財源確保が新政権の課題となる。鉄鉱石の輸出は国家収入の柱で、中国の目先の景気対策が選挙後のブラジル政治を動かすことになる。

 

 

***********************************

Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

************************************