ブエノスアイレスの中心部から南西に約35キロ。アルゼンチン最大のエセイサ国際空港にボーイング747-300型機が6月8日から止められたままになっている。「ジャンボジェット」と呼ばれて一世を風靡した巨大な機体。今は旅客機ではない。ベネズエラの航空会社、エムトラスールの貨物機である。

 

 貨物での運航なら乗務員が5人もいれば十分であるのに19人が乗っていた。ベネズエラの航空機でありながら機長はイラン人だった。エムトラスールは米国の経済制裁の対象企業である。不審な点がいくつも重なり、国際的なテロ活動との関係性が疑われた。このためアルゼンチン当局はこの747-300型機を足止めにした。

 

 乗っていた19人の内訳はベネズエラ人14人、イラン人5人。到着後、クルーはアルゼンチン当局にパスポートを押収され、空港近くのホテルに缶詰めにされた。出国できないようにする措置だ。

 

 機体の歴史をひも解けば、この747-300型機がなぜテロとの関連性を疑われているのかが理解できる。

 

 この機体は就航して36年になる。皮切りはUTAフランス航空だった。1986年1月にデビューし、フランス本土と旧フランス植民地を結ぶ路線などを飛んだ。1992年にUTAフランス航空はエール・フランスに吸収合併された。同機はそのまま翼を染め直した。

 

 2000年代に入り航空業界は効率化を迫られるようになった。大型化の代表格である747系列機は、燃費効率や運航効率が悪いことから「過去の物」になりつつあった。エール・フランスもこの流れを受けて2006年、この機体を運航から外した。そして翌2007年に、イランの民間航空会社であるマハン航空に売却したのである。この時から同機は世界の諜報活動の的となった。

 

 イラン初の民間航空会社であるマハン航空は1991年に設立された。国内線のみならず欧州、中東などに路線を持っていたが、2011年10月、米国がマハン航空への経済制裁を発表した。イラン政府が指示したとされる駐米サウジアラビア大使暗殺計画にマハン航空が関与したとされたからだ。

 

 米財務省は、マハン航空がイラン革命防衛隊の精鋭組織「コッズ部隊」と緊密に連携し工作員や武器、資金を輸送していると断定し、経済制裁を課した。当時のクリントン国務長官は暗殺計画を強く非難し、イランへの圧力を強めるよう国際的な協力を求めている。

 

 米国による経済制裁の一方で、マハン航空は2015~18年、精力的に路線を拡大した。アジア方面では特に中国に力を入れ、ビジネス需要を開拓した。

 

 ところが2019年、マハン航空の関連会社がイエメンやシリアなどに大量破壊兵器の物資を運搬しているとの問題が浮き彫りになった。これを受ける形でドイツ、フランス、イタリアが相次いでマハン航空の乗り入れを禁じた。

 

 当時の米トランプ政権は、マハン航空の関連会社が「コッズ部隊」を支援するために大量破壊兵器の製造に使用される炭素繊維などをイエメンに輸出していたとして、経済制裁の対象に追加した。

 

 そのマハン航空は2022年1月、この747-300型機をエムトラスールに売却した。エムトラスールは2021年11月、ベネズエラの国営コンビアサ航空の子会社として設立されたばかりだった。コンビアサ航空も米国の経済対象の会社である。

 

 飛行データによると、エムトラスールの翼になったこの機体は、ベネズエラのカラカスを起点にケレタロ(メキシコ)、トルカ(メキシコ)、ベオグラード(セルビア)、モスクワ(ロシア)、オラニエスタド(オランダ領アルバ島)、ミンスク(ベラルーシ)、シウダ・デル・エステ(パラグアイ)などを飛び回っている。

 

 5月13日、この機体はパラグアイ第2の都市、シウダ・デル・エステの玄関口であるグアラニ空港に到着した。パラグアイの航空当局に提出された文書によると、ここでパラグアイ産のタバコ70トン(1憶460万円相当)を積み込み、カリブ海のベネズエラ沖合にあるオランダ領アルバ島に運搬することが目的だった。人口わずか10万人のアルバ島にこれだけのタバコを1度に運搬することは不自然だった。乗組員はベネズエラ人11人とイラン人7人の18人。パラグアイ政府はかねてから、この機体がテロ計画や資金洗浄に関与している疑いがあるとみていた。

 

 グアラニ空港に到着後、パラグアイの治安当局は3日間、アルバ島への離陸許可を出さなかった。この間の具体的な捜査内容は明らかにされていないが、同機の着陸を許可したパラグアイの航空担当者2人が配置転換されている。

 

 その後、カラカスに戻った同機は5月21日にイランのテヘランに飛んだ。5月24日にカスピ海の南岸に立ち寄った後、5月25日にはモスクワに着陸した。その日のうちにイランに戻り、セルビアのベオグラードに立ち寄った後、大西洋に出てポルトガル近くでレーダーから消えたという。レーダーを意図的に切って飛行したとみられる。

 

 そして同機は6月4日、カラカスからメキシコのケレタロに到着した。アルゼンチンで足止めされるまでの直近のフライトである。6月6日、アルゼンチンの自動車部品会社向けの貨物を積んで飛び立ち、カラカスで給油し、エセイサ国際空港を目指した。エセイア国際空港が霧で着陸ができなかったため、アルゼンチン北部のコルドバで待機した後、ようやく目的地であるエセイサ国際空港に到着した。2日後の6月8日、ウルグアイに向け飛び立ったところで、ウルグアイ当局から着陸を許可しないとの連絡が入り、エセイア国際空港に引き返すことになった。

 

 ウルグアイ当局はパラグアイから、テロとの関連性を指摘するこの機体についての緊急通報を受け取っていた。5月のパラグアイでの捜査が、今回のアルゼンチンでの長期間の駐機の源になっている。

 

 パラグアイへの飛行も、アルゼンチンへの飛行も同じイラン人が機長だった。アルゼンチン当局の捜査で、機長の「コッズ部隊」との関係が浮上した。

 

 しかし、この機体を使った度重なる飛行で、テロ活動家や武器、資金を運んだという、確固たる証拠については報じられていない。エムトラスール側は、新機体の操縦訓練をイラン人から受けていたとして、疑惑を完全否定している。

 

 アルゼンチンでは1992年3月にブエノスアイレスにあるイスラエル大使館で自爆テロがあり、29人が死亡した。1994年7月には同じブエノスアイレスにあるユダヤ人協会本部が爆破され85人が死亡した。共にイランの関与が疑われたものの、真相究明はなされていない。

 

 747-300型機はラテンアメリカの深い闇を背負っている。

 

 

***********************************

Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

************************************