メキシコがリチウム資源の国有化を目指す動きを強めている。国会で先月、政府が提出した戦略的地下資源を国有化する鉱業法改正案が可決された。ロペスオブラドール大統領は、既に発行している民間企業への採掘調査免許などについて見直すことを表明した。また大統領は5月3日の定例記者会見で、ラテンアメリカ域内での国家間の「リチウム連合」構想が進んでいることを明らかにし、リチウム開発での国家の権限を域内で強める姿勢を示した。こうした動きに、関係企業やマーケットは警戒感を強めている。

 

 3日の記者会見でロペスオブラドール大統領は、アルゼンチンとボリビア、チリとともに「リチウム連合」を設立するために協議していることを明らかにした。リチウム開発の技術や経験を共有することが狙いだという。

 

 アルゼンチン、ボリビア、チリは世界的なリチウム資源国で、共に国境を接していることから、「リチウム・トライアングル」と呼ばれている。米国地質調査所(USGS)によると地下に眠るリチウムの確認埋蔵量はボリビアが世界トップの2100万トン、アルゼンチンが同2位の1930万トン、チリが同3位の960万トンだ。メキシコは同10位の170万トンで、4カ国の確認埋蔵量を合計すると世界の約60%にも上る。

 

 4カ国は現在、いずれも左派政権だ。ボリビアはリチウム開発を国有化している。アルゼンチンとチリは外国企業の参入を認めているが、ロペスオブラドール大統領によると、両国とも「リチウム連合」に関心を示しているという。

 

 「リチウム連合」はラテンアメリカ域内でのリチウム開発の国家の関与を強めることにつながるとみられ、ロペスオブラドール大統領にとっては自国のリチウム国有化政策の正当性を国民に訴える「道具」にもなる。

 

 メキシコのリチウムプロジェクトは、生産ができる前の段階だ。メキシコ政府は2023年から年間3万5000トン程度の生産を目指しているが、地層などの問題から採掘には高度な技術が必要で、コストがかさむことから、生産の実現にはまだ数年かかるだろうとみる専門家が多い。

 

 リチウムは主に米国との国境に近い北部に眠っているが、その代表格がソノラ州だ。治安の悪い地域としても知られており、2021年の殺人事件の発生件数は1765件で、前年より約20%増加している。麻薬の密売などにかかわる犯罪組織の動きが活発で、対立する組織との抗争が後を絶たず、市民が巻き込まれている。

 

 このコラムでも何度も伝えたが、メキシコの犯罪組織は麻薬の密売以外の新しい収入源探しに余念がない。アボカド農家への恐喝とアボカドの強奪は、世界のアボカド消費の増加と並行して、今では犯罪組織の大きな収入源となった。

 

 リチウム生産が始まれば、犯罪組織の標的になることは確実で、メキシコ政府がリチウム生産を国有化しようとする背景には、犯罪組織からリチウム資源を守るという側面もある。しかし、汚職が蔓延するメキシコ社会で、政府が生産を管理するから不正が起きないという理屈は全く説得力を持たない。

 

 ロペスオブラドール大統領は2018年の就任以降、リチウム国有化を主張し続けている。国会で成立した改正鉱業法は、4月18日に下院を通過し、19日に上院が可決するという異例のスピード審議だった。

 

 同法はリチウムを公共の利益であると位置づけ、民間企業に採掘などの免許や各種の許認可を与えない、と定めた。リチウムの探査、開発、採掘などについては国が独占することとし、政府が定める国営の独立機関のみが業務にあたる、としている。

 

 鉱業法改正の前に、ロペスオブラドール大統領は電力国有化を目的とした憲法改正案を提出していたが、これについては17日に下院が否決していた。このため鉱業法改正案という形に姿を変えて、リチウム採掘の国家独占を法律化した。

 

 鉱業法改正には、民間から疑問の声が上がっている。そもそもメキシコの憲法は鉱物資源を国の所有物だと定めている。鉱業法の改正の必要性に明確な根拠はなく、メキシコの法律の不安定さを国内外に示しただけだ、という批判だ。

 

 また、メキシコ鉱業会議所(CAMIMEX)は、「メキシコのリチウム埋蔵量については十分な調査がされていない」と根本的な疑問を示した上で、経験のない国営機関だけでリチウム開発をするのは無理があるとして、政府や国会の動きに同調できない意思を表明した。

 

 改正鉱業法が成立し、ロペスオブラドール大統領は、リチウム開発について外国企業に付与している8つの免許について見直す方針を明らかにした。これについては契約を巡る国際的な規約違反にあたるとの指摘がある。

 

 左派のカリスマ政治家・モラレス大統領時代にリチウム資源を国有化したボリビアは、国有化から14年たってもリチウムの本格生産に至っていない。技術面での遅れが最大の要因だ。モラレス氏の流れをくむアルセ大統領は、8つの海外企業の提案を受け入れて開発を進める方針だ。国家独占でのリチウム開発がいかに難しいかという実例は「リチウム連合」の中にある。

 

 

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Taro Yanaka

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 趣味は世界を車で走ること。

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