脱炭素の流れが一気に加速したことを背景に、鉄鋼業界で電気炉が存在感を高めている。電気炉製鉄最大手の東京製鐵もそうした潮流に乗って2021年10月、2015年以来休止していた岡山工場(岡山県倉敷市)の熱延生産ラインを再開する決定をした。この間には使用済み乾電池のリサイクルにも乗り出し、順調に処理量を増やしている。脱炭素・循環型社会実現に取り組む同社の岡山工場を訪ねてみた。

 

 

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(IRUNIVERSE代表の棚町(左)と國米工場長)

 

 

 まずは脱炭素の社会的潮流を振り返ってみよう。

 

 2016年11月に「パリ協定」が発効になり、世界は協調して産業革命前からの気温上昇幅を2℃未満に抑えること、そのために21世紀後半に温室効果ガスの排出を実質ゼロにしていくことを決めた。ところが、2℃未満では不十分で1.5℃未満にしなければならないほど事態は切迫しているとの指摘が出され、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は2018年10月に「1.5℃特別報告書」を発表。気温上昇幅は1.5℃未満に、温室効果ガスの排出は2030年に2010年の45%に削減して2050年の実質ゼロを実現する必要があると提唱した。日本政府も2020年10月に「2050年カーボンニュートラル」を目指すことを宣言し、国内外ともに脱炭素の潮流は決定的なものになった。

 

 温室効果ガスの〝主犯〟となったCO2だが、環境省のデータによれば日本の2019年度の排出量11億800万トンのうち産業部門が最大の3億8400万トン(35%)を出し、次いで運輸部門が2億1000万トン(19%)、業務部門が1億8800万トン(17%)、家庭部門が1億5500万トン(14%)となっている。その産業部門でも最大なのが鉄鋼業界で、排出量は1億5500万トン。この部門の40.2%に達する量だった。環境省の別のデータ(2017年)で見ると、鉄鋼業界のCO2排出量は粗鋼1トン当たりで高炉は2.03トン、電気炉では0.41トンであることが分かった。世界の様々な企業がこぞってカーボンニュートラルをうたい、自社製品・サービスの調達先にも同じことを求め始めた時代に突入したことを考えると、CO2排出量が高炉の1/4である電気炉に熱い視線が注がれるのは当然の流れだったといえよう。

 

 2021年10月22日の東鐵のプレスリリース「岡山工場熱延工場の再稼働について」はこう述べている。「今般、『脱炭素社会』と『資源循環社会』への貢献が期待される電炉鋼材のさらなる普及に向けて、当社は、 岡山工場の熱延工場を再稼働し、田原・岡山の両工場で熱延コイルを生産する体制を再構築 することといたしました」。さかのぼる2014年12月12日、同社は「熱延コイルの生産集約並びに固定資産の減損損失の計上に関するお知らせ」というプレスリリースを出していた。

 

 そこには「近年、中国をはじめとする近隣アジア各国において鋼板類が過剰生産となるなか、長期にわたって内外で価格が低迷し、当社におきましても、鋼板類の生産ラインは、極めて低水準の操業を余儀なくされ(中略)今般、岡山工場における熱延コイルの生産を休止し、田原工場に生産を集約することにより、鋼板需要に見合った生産体制の再構築をはかることで、一層のコスト削減の実現に向けて取り組む方針を決定いたしました」と書かれていた。苦渋の決断をしてから約7年。世界は劇的に変化したのである。

 

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 東京製鐵田原工場から岡山工場に移送された熱延コイル。間もなく岡山工場製のコイルも再登場する(東鐵提供)

 

 

 東鐵は2022年1月、「環境報告書 2021」を発行した。その中の「トップメッセージ」で西本利一社長は、同社の長期環境ビジョン「Tokyo Steel EcoVision 2050」のもとで「鉄鋼業界のトップランナーとして、鉄スクラップの高度利用をはかりつつ、二酸化炭素排出量の少ない幅広い電炉鋼材の普及拡大を通じ、社会の持続的な発展に貢献する」という強い決意を表明している。そんな企業戦略を持つ同社ならではの取り組みの一つが乾電池リサイクルだ。

 

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 電炉で溶かされて鉄鋼の原料となるスクラップ。粗鋼生産で電炉からのCO2排出量は高炉の1/4

 

 

 まず乾電池の組成を見てみよう。重さの約20%が鉄だ。亜鉛も20%、二酸化マンガンが30%あり、その他はプラスチックと紙、炭素。一言でいえば乾電池は「都市鉱山」の一角をなす資源ということになる。しかし現状では使用済み乾電池は約70%が埋め立てられ、約20%が焼やされて処分されている。東鐵で乾電池リサイクル事業の立ち上げに関わった岡山工場の中島秀文氏によると、埋められた乾電池はこの先資源として使われることはなく、焼却されたものの鉄分はかろうじて焼却灰から磁石で取り出されるものの著しく酸化しており、鉄鋼製品にリサイクルするにはより多くのエネルギーが必要となる。端的に言えば、せっかくの鉱脈が有効活用されていないのだという。しかし、研究の結果、電気炉が解決策になることが分かった。

 

 東鐵執行役員の國米博之岡山工場長は「当社の電気炉工程は、鉄のリサイクルと共に亜鉛やマンガンを含むスラグのリサイクル技術を有しており、新たな設備投資をせず、季節設備を有効活用することで、安全かつ低コストで廃乾電池の再資源化が可能です」と話す。2016年に同工場は廃乾電池の処分許可を取りリサイクルを開始。2017年度に約1000トン、2018年度は約1630トン、2019年度は1670トン、2020年度は約2030トンへと順調にリサイクル量を伸ばしている。また、2018年8月からは埋立地の確保に苦慮していたニュージーランド・オークランド市からも廃乾電池を受け入れている。

 

 

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左)回収された廃乾電池、右)上の投入口に入れられた廃乾電池は振動でふるいにかけられ仕分けされる

 

 

 もう一つ、東鐵が脱炭素社会実現に向けて取り組んだのが「デマンドレスポンス(DR)による電力需要の創出」だ。こちらは九州工場(北九州市若松区)で実施しているもので、再生可能エネルギーの導入枠を広げる意味合いを持つ。

 

 九州地区では近年、太陽光を中心とした発電量が増え、2017年ごろから日中の電力供給量が需要を上回る状況が起こりそうになっていた。九州電力は平日の夜間に操業することが多かった東鐵に、そうしたことが起こりそうな場合、東鐵が昼間に操業して電気需要を引き上げる「上げDR」を実行してもらうことができないか相談。東鐵も、割安の電気料金で出来るならと人員配置などを調整して対応。結果的に太陽光などの発電を活かすことに結びつけた。九州工場によると、2021年では春と夏の2シーズンで10回の上げDRを実施して延べ数百万kWの需要を創り出したという。

 

 機関投資家と連携する環境NGO「CDP」が世界中の企業の環境対策を調査する「CDP2021」の気候変動部門(約13000社)で、東鐵は最高位のAに評価された。Aの日本企業は56社で鉄鋼分野では唯一、しかも3年連続のAだ。東鐵の本気度が伝わってくる。

 

 

(IRuniverse阿部治樹)