ロシアによるウクライナ侵攻以降、米国の外交、軍事関係者の間では、中国の脅威がより語られるようになった。侵攻から1カ月がたった3月24日、米軍で中南米を担当する南方軍のローラ・リチャードソン司令官は 上院の軍事委員会に出席し、現状について語った。

 

 「米国とラテンアメリカ諸国にとってロシアは、より差し迫った脅威になったが、中国は外交的にも、テクノロジー的にも、情報的にも、そして軍事的にも、米国に難題をもたらすだろう」

 

 ラテンアメリカを見る限り、ロシアよりも中国の方が難敵だという含みを持たせた発言だった。リチャードソン司令官はその2週間前、下院での席でも中国の脅威について発言をしている。

 

 「ラテンアメリカでの中国の影響力は、今、アフリカで行われている虫のいい略奪行為のような影響に似ている」

 

 中国の広域経済圏構想「一帯一路」に触れながら、中国の脅威を分析した。

 

 ロシアのウクライナ侵攻より少し前のことではあるが、中国の脅威は米議会でも一段の注目を集めていた。

 

 米議会が超党派で設置している諮問機関、米中経済安全保障再考委員会(USCC)は中国の軍事力や経済力などを総合的に分析している。2000年に発足。元政府高官らが委員で、毎年、報告書を議会に提出している。年次報告は、米政府や議会への影響力が強いとされている。

 

 昨年11月に公表された2021年版では、中国による台湾侵攻に強い懸念が表明されていた。この2021年版には、もうひとつ大きな特徴があった。ラテンアメリカでの中国の動きについて独立した項目を立てたことだ。第1章第2項。トップクラスでの扱いだと言っても過言ではない。

 

 2021年版は「中国はラテンアメリカの独裁政権と緊密に連携し、他国の民主主義の後退を可能にさせている」と分析し、中国の影響力の拡大が、地域の民主主義を歪めていると結論付けた。その上で、米国がラテンアメリカとの関係強化を急ぐ必要性を強調した。

 

 これを受けて議会では、バイデン政権に具体的な政策の実施を求める超党派による法案が今年2月に提出されている。

 

 ラテンアメリカの中国とのつながりは16世紀にさかのぼる。スペインのガレオン船がアジアから太平洋を渡ってメキシコまで行き、陶磁器やシルク、種子などの交易をした。これが、中国人がラテンアメリカに移り住むルートとなった。1840年までに数十万人の中国人がラテンアメリカに渡り、多くは日雇いや年契約の労働者としてサトウキビのプランテーションや銀鉱山などで働いた。

 

 現在ではペルーやブラジル、キューバ、パラグアイ、ベネズエラなどに大規模な中国人コミュニティーがある。

 

 中国がラテンアメリカで影響力を急拡大させたのは2000年以降だ。カリブ海諸国を含めたラテンアメリカの中国との貿易額は、2000年が120億ドル規模だったが、2020年には3150億ドル規模に拡大した。わずか20年で26倍以上の増加である。

 

 ラテンアメリカから中国への主な輸出品は大豆、銅、石油、地下資源などの原材料だ。これに対してラテンアメリカは中国から工業製品などを輸入する。大量の安価な中国製品が急速に入ってきたことは、ラテンアメリカの製造業の衰退につながっている。

 

 貿易と共に急拡大しているのは中国からの融資や投資だ。2005~2020年のローンや資金供給は1370億ドル。直接投資は2016~2020年だけでも580億ドルに上る。

 

 エネルギー分野は大きな投資先だ。石炭、銅、天然ガス、原油、ウラニウムなど地下資源採掘や、製錬・加工施設の建設など2000~2018年の投資額は730億ドルだ。最近注目されたのはリチウム生産事業への45億ドルの投資だ。メキシコや、「リチウムトライアングル」を構成するアルゼンチン、ボリビア、チリに資金力で攻勢をかけている。

 

 こうした投資には、中国の国営企業が深くかかわっている。中国電力建設は現在、ラテンアメリカ15カ国で50のプロジェクトを進めている。再生可能エネルギー分野にも進出し、中国開発銀行はアルゼンチンのフフイにあるラテンアメリカ最大の太陽光発電所やチリのプンタ・シエラ風力発電所にも資金提供している。

 

 中国の経済的脅威がラテンアメリカを覆う中、米国が注目しているのは5月にコロンビアで、10月にブラジルで行われる大統領選だ。コロンビアは親米国で、これまでも米国の南米戦略の要となっていたが、大統領選では元反政府ゲリラの左派候補に勢いがある。ブラジルは左派のルラ元大統領が、ボルソナロ大統領の再選を阻む勢いだ。

 

 専門家の中からは、米中の対立が激しくなれば、その最前線はラテンアメリカになる、との観測が強まっている。コロンビアとブラジルで左派系候補が勝利すれば、ラテンアメリカでの中国の脅威は強くなり、米政府の対応に厳しさが増すことは間違いない。

 

 

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Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

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