南米ペルーの首都リマに4月5日、外出禁止令が発動された。エネルギー価格の高騰などに業を煮やした市民が各地でデモや道路封鎖を繰り返し、一部が暴徒化したためだ。政府は外出禁止令で沈静化を図ろうとしたが、デモ隊は政府の決定を無視して政府の建物などを襲った。このためペルー政府は外出禁止令を途中で解除した。デモの中には農民たちもいた。エネルギーのみならず肥料価格が急上昇し、生計をたてるのが困難になったからだ。背景にはロシアによるウクライナ侵攻がある。戦争で世界の肥料の供給網が麻痺したことが打撃となっている。ペルーの騒乱は世界の食料危機の前触れとしてとらえることができる。

 

 カスティジョ大統領が非常事態を宣言したのは、間もなく日付が変わろうとする4日深夜だった。5日午前2時から同午後11時59分まで、首都リマと近郊の港湾都市カジャオに外出禁止令を発動した。

 

 その前の週、カスティジョ大統領は、昨年7月の就任以来2度目の国会での不信任投票を否決という形で乗り切っていた。しかし、それと時を同じくして、リマ市内やその近郊でのデモが激しさを増していた。

 

 トラック運転手らはガソリンなどの燃料の高騰に対する政府の無策に抗議して、リマにつながる幹線道路に大型トラックを止めて交通を遮断した。肥料の価格高騰に苦しむ農民らも各地でデモに加わった。首都への食料の供給をストップさせ、事態の深刻さを政府に訴える作戦だった。食品価格の高騰に怒る主婦らもデモに参加し、抗議行動は拡大した。

 

 4日、各地でデモが暴徒化した。高速道路の料金所が焼き討ちされた。警察とデモ参加者との衝突が相次ぎ、市場では食品などの商品が略奪された。事態収拾のため政府は各地に武装した軍隊を派遣した。

 

 ペルーでは新型コロナの感染拡大などの影響で物価高が続いていた。ロシアによるウクライナ侵攻が、弱り切ったペルー経済に追い打ちをかけた。3月のリマの消費者物価は年初との比較で6.82%上昇した。1998年8月以来の高水準だ。2月との比較では1.48%の上昇で、市場予測の0.92%を大きく上回った。

 

 こうした中、カスティジョ政権はガソリンなどにかかる燃料税を引き下げた。また最低賃金を引き上げた。しかし、対策は市民の困窮を和らげるには足りなかった。デモは収まらず社会不安は広がるばかりだった。

 

 追い詰められたカスティジョ大統領は、外出禁止令という強硬手段に出た。これが市民のさらなる怒りを買う結果となった。

 

 外出禁止令に従わない市民がリマ市内などでデモを繰り広げ、警察や軍と激しく衝突した。大統領は5日午後、議会と相談した上で外出禁止令を途中で解除したが、その後もデモは激しさを増した。リマ中心部にある検察関係のビルなどがデモ隊に襲われたほか、多くの店舗が暴徒化した市民よって壊され、商品が略奪された。一連の騒乱で6人が死亡したと伝えられている。

 

 ペルーでの騒乱は、左派のカスティジョ大統領の政権運営の失策という国内的な要素はあるものの、ロシアのウクライナ侵攻による肥料不足という側面を見逃してはならない。地元メディアなどはデモの中心的な存在として農民たちの動きに注目していた。

 

 農業現場で使用されている肥料はロシアと、その友好国ベラルーシが世界的な生産国である。「肥料の3要素」として知られる「窒素、リン酸、カリ」のうちカリはロシアとベラルーシが世界の約40%を生産している。

 

 ロシアのウクライナ侵攻ではロシアのほか、ベラルーシも西側諸国による制裁の対象になった。このためロシア、ベラルーシ産の肥料の流通が滞った。さらにロシアは西側に対抗するため、肥料の西側への供給を止めた。肥料のサプライチェーンが世界規模で目詰まりしているのである。

 

 元々、肥料の価格は上昇傾向にあった。肥料の生産に使用される天然ガスの価格が高騰したこと、主要生産国の中国が国内供給を優先して輸出をほぼ停止したことなどが要因だ。これにロシアのウクライナ侵攻が重なり、肥料価格は上昇の一途をたどっている。

 

 英国の調査会社が産出する肥料価格指数は2月24日のロシアによるウクライナ侵攻以降、過去最高を更新している。北米の肥料指数はこの1カ月で約40%も上昇した。

 

 米国では昨年以来、肥料価格が4倍に跳ね上がったという。このため、農業地域を選挙区に持つ米下院議員約100人が、バイデン政権に肥料価格高騰への対策を講じるよう求めた。

 

 ペルーではコメは主要な作物だが、同国のコメ生産者団体によると、肥料の原料となる尿素の価格が4倍にまで跳ね上がっているという。

 

 肥料不足と燃料価格高騰の影響は欧州でも深刻で、ギリシャでは先月、農民数百人がアテネに集結してデモを行った。

 

 各国政府とも減税や補助金などで、価格高騰に対応しているが、新型コロナ対策で巨額財政支出を続けてきたこともあり、さらなる財政出動には限界がある。経済力の弱い国から順番に「脱落」が始まれば、価格高騰と食料不足の波は一気に世界に広がる。

 

 ペルーの騒乱を他人事として見ていてはいけない。

 

 

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Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

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