中華人民共和国(以下「中国」という)の外交部(外務省に相当)の報道官の汪文斌は、3月25日にウクライナ問題について一貫して以下の3点を主張していると発言しました(「外交部発言人――中カタ在烏克蘭問題上有三個一貫主張」『人民日報』(2022年3月26日付3面)にも掲載)。

 

 平和が重要であること。

 

 安全保障を忘れてはならないこと。

 

 国際関係においてダブルスタンダードをとってはならないこと。

 

 しかし、これらの発言については、その意図を深く検討しなければならないように感じます。一見すると当たり前のことを言っているだけのように見えますが、中国の政治のあり方、発言の仕方に関する大きな問題を含んでいます。

 

 「平和が重要であること」は当然のことのように思えますが、こと中国については必ずしもそうではありません。中国をはじめとする社会主義国家は、武力革命によって国家を築くという価値観を持っています。そのことは、現在の中国憲法の前文第8段落に、「中国人民は、中国の社会主義制度を破壊・敵視する国内外の敵対勢力や敵対分子に対して闘争を行わなければならない」と定めています。汪文斌は「平和が重要であること」に対する説明として、「戦うのではなく交渉をすべきこと」、「紛争の継続や拡大は……いかなる者の利益にもならない」とも述べました。これは、まさに中国憲法前文第8段落の趣旨と真っ向から否定するものです。

 

 次に、順番を変えて先に「国際関係においてダブルスタンダードをとってはならないこと」を見ます。実は、中国は国際法に対してこれまでダブルスタンダードな立場をとってきました。国際法は、国内法と異なり、強制力がありません(註1)。この点を利用して、中国では、「中国も国際法を遵守しなければならない」という法律を用意していないのです(註2)。すなわち、中国政府は自身で「国際法は遵守しない」と公言しているようなものなのです。

 

 しかし、その一方で、「台湾や香港、チベットなどの問題で中国に圧力をかけるのは内政干渉であり、国際法や国際関係の基本準則に対する重大な違反である」とも述べています。このように、中国は都合のいいときは国際法や国際関係を持ち出すダブルスタンダードを行っているのです(註3)。

 

 最後に「安全保障を忘れてはならないこと」です。これについては、汪文斌はその説明として、「ウクライナは、東洋と西洋の懸け橋となる場所であり、大国のゲームのステージとしていい場所ではない。ヨーロッパ諸国は、この地区にバランスのとれた有効かつ継続的な安全が確保されるよう努力しなければならない」、」「アメリカとNATOは、ロシアと対話をしなければならず、新たな冷戦の開始としてはならない」と述べています。非常に他人ごとのように述べており、中国はウクライナ問題について直接関与するつもりはないようです。

 

 さて、「平和が重要であること」、「国際関係においてダブルスタンダードをとってはならないこと」の2点については、そもそもこれまでの中国政府の立場と真逆な発言であると述べました。筆者は、これまでにも「中国においては、政府が公式に耳心地のいい虚偽の主張をすることがあり、その点を含めてそれが中国という国のあり方である」と主張してきました(註4)。この2点もこの「耳心地のいい虚偽の主張」ということになるでしょう。

 

 では、最後の「安全保障を忘れてはならないこと」で述べた、中国はウクライナ問題に直接関与するつもりはない点は、どうなるのでしょう。これについては、現状、真実の主張であると考えていいのではないでしょうか。ウクライナ問題に中国が直接関与するなら、現状、その点を伏せる必要はないからです。

 

 今回の汪文斌の発言で、外交部の公式の発表の中にも、虚偽と真実が混在することが改めて確認できました。中国の公式発表の意図を読み解くのはなかなかに大変です。

 

(註1)松井五郎=佐分晴夫[ほか]『国際法』(第5版)有斐閣、2007年、13頁。

(註2)唐頴侠「国際法与国内法的関及国際条約在中国国内法中的適用」『社会科学戦線』(2003年1期)中国・吉林省社会科学院、2003年、178頁。

(註3)高橋孝治「外圧への反撃は中国のダブルスタンダードか――中国の『反外国制裁法』/中国共産党100周年記念に『法』はどう説明されたか」『日本外交協会報』(令和3年7月15日号)日本外交協会、2021年、5頁。

(註4)高橋孝治『中国社会の法社会学――「無秩序」の奥にある法則の探求』明石書店、2019年、163頁。

 

高橋 孝治(たかはし こうじ)

立教大学 アジア地域研究所 特任研究員/韓国・檀国大学校 日本研究所 海外研究諮問委員

日本で修士課程修了後、都内社労士事務所に勤務するも、退職して渡中。中国・北京にある中国政法大学 刑事司法学院 博士課程修了(法学博士)、専門は中国法・台湾法。法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)、国会議員政策担当秘書有資格者。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会、2015年)、『中国社会の法社会学』(明石書店、2019年)他多数。『時事速報(中華版)』(時事通信社)にて「高橋孝治の中国法教室」を大好評連載中。その他、外務省職員向けオピニオン誌『日本外交協会報』や『日中友好新聞』(日本中国友好協会)などにも寄稿多数。香港中文大学訪問学者などを経験し、現在は台北在住(淡江大学 日本政経研究所 客員研究員)。