ロシアのウクライナ侵攻を止めるのは南米の独裁国ベネズエラかもしれない。突拍子もない話のように聞こえるが、このシナリオに向けた動きが始まっている。

 

 ロシアに戦闘を止めさせるための経済制裁の切り札は、原油の禁輸だ。しかし世界経済、市民生活への影響があまりにも大きいため、各国とも二の足を踏んでいる。ロシア原油をストップさせた後、代替となる原油の供給ルートはないものか。世界を見渡すと米国の足元にあった。原油の埋蔵量世界一のベネズエラだ。

 

 ベネズエラ原油は米国によるベネズエラ制裁のため、現在、ほとんど西側市場に供給されていない。ベネズエラ原油が市場に出回れば、ロシア原油がストップしても経済への影響は抑えられる。米国は、外交関係を断絶しているベネズエラとの水面下での協議をスタートさせた。

 

 1回目の非公式協議は3月5日、ベネズエラの首都カラカスにある大統領公邸「ミラフロレスパレス」で行われた。

 

 関係者によると米国側は国家安全保障会議(NSC)の西半球担当上級部長であるフアン・ゴンサレス氏、現在は隣国コロンビアに駐在する米ベネズエラ大使のジェームズ・ストーリー氏、人質問題担当大統領特使のロジャー・カルステンス氏が出席した。カルステンス氏は昨年12月にもカラカスを訪れているが、このクラスの高官がまとまってベネズエラを訪れるのはここ数年なかったことだという。

 

 一方のベネズエラ側は、マドゥロ大統領とロドリゲス副大統領が顔をそろえた。

 

 米国は2019年1月、ベネズエラと断交し、大使館を閉鎖した。前年の大統領選でマドゥロ大統領が再選されたが、この選挙で独裁色の強いマドゥロ大統領による不正があったからだ。米国などは再選を認めず、野党指導者のフアン・グアイド氏を合法的な大統領だとしてマドゥロ大統領に政権の移譲を求めた。当然、マドゥロ大統領はこれに応じず、当時のトランプ政権は原油の禁輸や資産凍結など厳しい経済制裁を課した。

 

 ベネズエラは2002年には、1日当たり約300万バレルの原油を生産していたが、今年に入り生産量は1日当たり80万バレル未満にまで落ち込んでいる。この経済制裁によりベネズエラ経済は破綻寸前にまで追い込まれている。

 

 ベネズエラは先代のチャベス政権からの反米国家で、米国にとっては手を焼く相手だ。2018年の大統領選を巡る両国の対立で亀裂は一層深まり、追い詰められたベネズエラはロシアとの関係強化の道を歩んだ。

 

 ウクライナ侵攻を続けるロシアがラテンアメリカに軍事施設の設置をにおわせていることは、このコラムでも記したが、ベネズエラのラ・オルチラ島はその候補地になりうると西側外交筋の一部はみている。ベネズエラへの強硬策は、結果的に、ロシアによる「裏庭」からの揺さぶりとして米国に跳ね返ってきていた。

 

 トランプ政権での強硬策は、バイデン政権になっても表面上の変化はなかったが、ロシアのウクライナ侵攻で状況は変わった。米国は天敵ベネズエラをロシアから分断する作戦に乗り出した。今回のベネズエラとの協議はラテンアメリカでのロシアの動きにくさびを打ち込むと同時に、ベネズエラ原油を囲い込むという、一挙両得作戦である。

 

 関係者によると、協議では米国、ベネズエラとも最大限の果実を得るための要求に終始したという。米国側は経済制裁を緩和する代わりにベネズエラ国内で身柄を拘束されている米国の石油会社幹部6人らの釈放を求めたとみられる。一方のベネズエラは全面的な制裁解除を求めたとみられる。

 

 ロイター通信などによると、協議は平行線をたどったものの、双方は協議を続けることで合意したという。次の協議の日時などは決まっていない。

 

 5日の協議はあくまで水面下の非公式協議で、バイデン政権は当初、会談の存在そのものを認めないでいた。会談があることをニューヨーク・タイムズ紙が特ダネで報じた後も、バイデン政権の姿勢は変わらなかった。しかし、週が明けて7日、ホワイトハウスのサキ報道官は記者会見で会談があったことをあっさりと認めた。会談の目的について「エネルギー安全保障を含めた幅広い分野と、身柄拘束されている米国市民の健康と保護である」と説明した。

 

 この日の記者会見での、記者からの最初の質問がベネズエラとの協議についてだったが、サキ報道官の口調はよどみなく、滑らかだった。さらに、エネルギー問題と人質問題は分けて協議することなど、今後の協議に臨む姿勢も説明した。1回目の協議で進展はなかったものの、十分に脈があると米政府は踏んでいる。

 

 ウォール・ストリート・ジャーナル紙はこの数週間、米国の複数の代表的な投資家がバイデン政権に対し、ベネズエラへの制裁を解除するよう求めていたことを明らかにしている。2国間協議の舞台は、少し前から整っていたようだ。

 

 ベネズエラの石油生産施設は制裁などの影響から故障などが目立ち、最盛期の生産まで戻すにはメンテナンスが必要となる。一刻の猶予も許されないウクライナ情勢を考えれば、時間的な問題が壁になりそうだ。

 

 しかし、ベネズエラの国営石油会社のPDVSAは、米国石油精製大手のシットゴーの親会社でもある。米国内での流通基盤は万全で、生産を再開すれば、速やかに米国内の消費者の元に届く。

 

 ベネズエラのマドゥロ大統領にしてみれば、米国が制裁を解除すれば経済は好転し、自らの大統領としての立場も安泰となる。

 

 「昨日の敵は今日の友」となれば、ロシアのウクライナ侵攻は局面が変わる。ベネズエラのロシアへの裏切りがウクライナに平和をもたらすなら、世界史に残る裏切りとなる。

 

 

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Taro Yanaka

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 趣味は世界を車で走ること。

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