カリフォルニア州を「リチウムのサウジアラビア」にする――。米バイデン政権とカリフォルニア州が壮大な目標を掲げた。カリフォルニア州最大の湖であるソルトン湖とその周辺の地中には膨大なリチウム資源が眠っている。この開発に巨額の補助金を投入し、安定的なリチウム採掘を目指す。クリーンエネルギー実現に欠かせないリチウムの「中国依存」からの脱却が最大の目的だが、ソルトン湖はこの約100年で湖の誕生、繁栄、荒廃、環境悪化を駆け足で経験した世界でも稀な場所で、リチウム開発は一筋縄ではいかないとみられている。

 

 バイデン大統領は2月22日、カリフォルニア州のニューサム知事やビジネスリーダーらとのバーチャル円卓会議に臨んだ。その席でバイデン大統領は「今日や明日を作り出すモノを中国に頼っていたら、メイド・イン・アメリカの未来は築けない」と話した。

 

 この円卓会議はバイデン大統領が主催した。リチウムなどのレアアースの米国内供給の重要性を再確認し、供給網の強化に力を入れることを表明した。

 

 バイデン大統領は「反中国という話ではない」としたうえで、電気自動車やスマートホンなど電子機器に欠かせないレアアースの加工を中国が握っている現状に、強い危機感を示した。

 

 この席でバイデン大統領は、ネバダ州ラスベガスに本社があるレアメタル加工会社、MPマテリアルズに国防総省の助成金3500万ドル(約40億2500万円)が支払われることを明らかにした。MPマテリアルズはカリフォルニア州南東部のマウンテンパスにレアアース鉱山と処理施設を所有している。MPマテリアルズは昨年も1000万ドル(約11億5000万円)の連邦からの助成金を受け取っている。今後、自社予算で7億ドル(約805億円)を投資し、2025年までに50万台の電気自動車生産に対応できるだけのレアアース加工を可能にすることを目指している。

 

 また、この円卓会議でバイデン大統領はカリフォルニア州でのリチウム生産の重要性を強調し、ニューサム知事はカリフォルニア州を「リチウムのサウジアラビア」になると話した。カリフォルニア州南部にあるソルトン湖を念頭に置いた発言だ。

 

 会議では世界的な投資家のウォーレン・バフェット氏が所有するバークシャー・ハザウェイ・エナジーが今春、ソルトン湖などでリチウム採掘に向けた新たな掘削を始めることを明らかにした。計画が順調に進めば2026年までに、リチウム電池に使用する水酸化リチウムや炭酸リチウムの生産が可能となり、年間9万トンのリチウム生産を見込むことができるという。

 

 ソルトン湖には現在、11の地熱発電施設がある。各施設とも単純なクリーンエネルギーとして稼働しているのではない。ソルトン湖の地中にはリチウムを含む塩水があり、発電の際にくみ上げられる塩水からリチウムを採掘することを模索している。バークシャー・ハザウェイ・エナジーはこの地域での主力プレーヤーであるカルエナジーの親会社だ。

 

 ソルトン湖でのリチウム採掘が成功すれば、この地域で生産されるリチウムの量は世界の約40%に達すると見込まれている。バークシャー・ハザウェイは2027年までにリチウムの生産を目指している。

 

 しかし、明るい話の裏には深い影が横たわっている。舞台となるソルトン湖は複雑な運命をたどってきたからだ。

 

 ソルトン湖の周辺は乾燥地帯で、特に東側はネバダ、アリゾナ州につながる砂漠のような土地だ。ソルトン湖自体は、古代からコロラド川の水が流れ込んでは蒸発するということを繰り返してきた。記録にある限り、1800年代は干上がった湖底だったという。

 

 1900年にコロラド川の水を引いて農業用のかんがい用水路の建設が始まったが、1905年のコロラド川の大洪水で用水路が決壊、大量の水がこの地に流れ込んで今のソルトン湖が誕生した。

 

 砂漠の中に出現した湖は他に類を見ない光景だった。このため1950年代から観光開発が進んだ。ヨットハーバーが建設され、周辺には高級ホテルが立ち並び、富裕層の集まる憧れの地に変身した。フランク・シナトラやビング・クロスビーらスターだけでなく、アイゼンハワー大統領ら政界の要人が訪れ、優雅なひと時を楽しんだ。

 

 また周辺は住宅開発が進んだ。高級住宅だけでなく、ロサンゼルスでは生活できなかったラテンアメリカからの移民らが新境地を求めて移り住んだ。観光地での職を求めての移動だった。

 

 ところが、70、80年代に深刻な洪水が相次ぎ、周辺の住宅や施設に甚大な被害が出た。古代から湖の誕生と蒸発を繰り返してきた地は、短期間で自然環境が急激に変化する「荒くれ者」だ。このため観光地としての人気は一気に衰退し、今では廃墟だけが残る。

 

 周辺の夏の気温は、最近では48度に達することもある。地球温暖化が一段の高温を招いているともいわれ、年々、湖は蒸発を続けている。

 

 周辺の農地で使用された農薬が湖に流れ込み、魚の大量死を招いた。さらに有害物質を含んだ砂ぼこりが周辺地域に飛散し、喘息を患う住民の割合は他の地域よりも高い。

 

 現在、ソルトン湖周辺の街に住む市民は低所得者層が多く、居住地の環境改善への発言力は高くない。このため長い間、こうした問題は表だって語られてこなかった。

 

 ソルトン湖のリチウム開発は、悠久の大地の営みをにらみながらの大事業だ。周辺住民の暮らしと安全にも直結するため、技術力だけで推し進めればよいというものではなく、「リチウムのサウジアラビア」は安々とは築けない。

 

 

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Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

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