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 ロシアがウクライナへの軍事作戦を開始した。モスクワ時間の2月24日午前6時前、プーチン大統領が演説し、危機は新しい段階に入った。その時、ニューヨークの国連本部ではウクライナ問題を協議する臨時の安全保障理事会が始まったばかりだった。安保理の議長は1カ月ごとに変わるが、2月の議長国はロシア。ロシアは土壇場の安保理に重ねるようにプーチン大統領の演説をセットした。西側から見れば、戦争回避の努力をあざ笑うかのような行為で、ロシアは国際社会を愚弄したと受け止められても仕方がない。

 

 CNNなど米国のニュースメディアは、プーチン大統領の「節目の演説」が始まってもライブでは放送せず、安保理での議論を伝え続けた。ロシアの「大本営発表」には乗らないという姿勢だった。いつもは「イケイケ」の米国メディアが、思慮深い顔を見せた。それだけ、事態は深刻な方向に動いている。

 

 ウクライナ危機が緊迫化する中、ロシアがラテンアメリカに軍事施設の設置をにおわせていることを、2週間前にこのコラムで紹介した。その後もロシアは、ラテンアメリカへの関与を深める動きを強めている。

 

 ボリソフ副首相が16〜18日にベネズエラ、ニカラグア、キューバを駆け足で訪問した。その直前、ラテンアメリカの経済大国、ブラジルのボルソナロ大統領がモスクワでプーチン大統領と会談した。「裏庭」から米国をけん制し、ウクライナ問題への米国の関与を弱めさせようというロシア側の戦術だが、見方を変えれば、ラテンアメリカを見れば、ロシアの本音と今後の動きを読み解けるということでもある。ウクライナ侵攻が本格化すれば、ラテンアメリカでも常識を超える事態が起きることになりそうだ。

 

 ラテンアメリカを旅し、滞在するホテルのテレビをつけると「ロシア・トゥデイ(RT)」と呼ばれるニュースチャンネルのスペイン語放送を見ることができる。ラテンアメリカのどこに行っても放送している、という印象がある。

 

 RTはロシア政府が所有しており、世界に向けてニュースを発信しロシアの考えを広めることが目的だ。当然、「米国の覇権主義」に対抗する狙いがある。

 

 フェイスブックなどのRTのソーシャルメディアアカウントのフォロワー数は、ラテンアメリカで1800万を超えるという。米国政府が運営する国際放送「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」スペイン語放送のソーシャルメディアアカウントの10倍に達している。ラテンアメリカでの情報戦で、ロシアは米国のかなり先を走っているのだ。

 

 英国のドリーズ文化相は23日、RTはロシア政府による偽情報拡散の手段として利用されていると指摘した。必要があれば英当局による規制を求めるとしている。英国政府の指摘が真実だとすれば、ロシアはラテンアメリカで自国に都合の良い偽情報を拡散しているということになる。

 

 ロシアのラテンアメリカでの動向に詳しいイセシ大学(コロンビア)のウラジミール・ロビンスキー教授は、米国の公共放送NPRのインタビューでロシアの情報戦略について警戒感を示した。

 

 「ロシアはラテンアメリカのいたるところに進出している。ユーチューブやフェイスブック、ツイッターでの露出度も高い。ロシアは、真実ではない多くのことを語り、ラテンアメリカにばらまいている」

 

 ロビンスキー教授はさらに、次のように分析した。

 

 「プーチン大統領とロシアの上層部は、世界は勢力範囲というもので分離されるべきだと考えている。ロシアにとっての勢力範囲はウクライナやベラルーシ。中央アジアの国々についてもロシアの勢力範囲に入れるべきだと言っている。一方でロシアはラテンアメリカを米国の勢力範囲だと見なしている。もし、ロシアの勢力範囲であるウクライナで米国が事を起こせば、ロシアは米国の勢力範囲であるラテンアメリカで事を起こすことができる、とロシアは考えている」。

 

 ボリソフ副首相のラテンアメリカ訪問は、プーチン大統領からの直接的な指示を受けてのものだ。

 

 16日に訪れたベネズエラではマドゥロ大統領と会談した。マドゥロ大統領は会談後、ロシアとの強力な軍事協力を構築する途上にあることを認めた。

 

 17日に訪れたニカラグアではオルテガ大統領と会談し、軍事、テクノロジー分野での2国間協力を強化することを確認した。ロシア側は昨年1年間で両国間の物流が金額ベースで3倍になったことを強調し、2国間貿易のさらなる拡大を目指すとした。

 

 ニカラグアからキューバに入ったボリソフ副首相はカブリアス副首相と会談した。経済、科学、テクノロジー分野などで関係強化を進めることで合意した。ボリソフ副首相の訪問後、ロシア下院はキューバへの長期ローンについて、2027年まで返済期限を延長することを決めた。

 

 ボリソフ副首相のラテンアメリカ訪問直前の16日にモスクワを電撃訪問したブラジルのボルソナロ大統領は、プーチン大統領との会談で原子力分野などでの協力関係拡大を確認した。

 

 モスクワ訪問前、米国の外交当局はボルソナロ大統領に訪問を見合わせるよう圧力をかけたが、ボルソナロ大統領はこれを無視した。「南米のトランプ」と言われる極右大統領は、バイデン政権に冷たくされていることに腹を立てているとされ、ロシアとの友好を選んだ。

 

 米国のラテンアメリカへの影響力が薄れている中でのウクライナ危機は、米国を揺さぶる絶好の機会をロシアに与えている。

 

 

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Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

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