米国がメキシコ産のアボカドを輸入停止にした。米農務省の検査官の携帯電話に、犯罪組織からとみられる脅迫的なメッセージが届いたためだ。輸入停止は一時的な措置だとされるが、長引く可能性もある。このコラムでは何度かメキシコの犯罪組織によるアボカド農家に対する暴力行為の実態を伝えてきたが、犯罪組織が世界のアボカド消費に影響を及ぼす事態が現実のものとなった。ただ、メキシコのロペスオブラドール大統領は「陰謀説」を唱えて米国を批判している。アボカドは犯罪組織だけでなく、政治にも翻弄されている。

 

 輸入禁止は2月12日に明らかになった。米国でアボカド消費が最も多くなるといわれるプロフットボールNFLの王者決定戦スーパーボウルの開催日(今年は2月13日)の前日だったため、米国内で衝撃的なニュースとして伝わった。

 

 メキシコ農務省によると、同国ミチョアカン州ウルアパンでアボカドの検査をしていた米農務省動植物検疫官の公用の携帯電話に、脅迫的なメッセージが届いた。具体的な内容は明らかにされていないが、犯罪組織による犯行とみられている。

 

 米農務省は検査官の安全を守るため、11日以降、当面、検査作業を中止したとメキシコ側に伝えてきた。これにより米国へのアボカドの出荷が止まり、輸入停止となった。

 

 検査の再開について米国側は「さらなる通知をするまで」としており、輸入再開のめどはたっていない。

 

 在メキシコ米国大使館は「検査官がミチョアカン州での検査を再開できるよう、メキシコ政府とともに取り組んでいる」との文面を大使館のツイッターアカウントに掲載し、輸入を停止していることを認めた。

 

 検査官への脅迫行為が問題になったのは今回が初めてではない。2019年8月にはウルアパンの東約18キロにあるミチョアカン州シラクアレティロで、米農務省の検査チームが「直接的な脅迫行為」を受けた。この時もメキシコの治安当局は脅迫行為の具体的な内容を明らかにしていないが、検査官らが乗ったトラックが犯罪組織のメンバーに急襲され、検査官らに銃口を向けたという。

 

 この事件があった後、米農務省は「検査官に差し迫った脅威が発生する可能性があり、その場合、検査をただちに停止する」としていた。

 

 米国のメキシコからのアボカド輸入は1914年に、害虫などの侵入を防ぐことや米カリフォルニア州のアボカド農家を保護することなどを目的に禁止された。しかし、アボカドが健康食品として注目され消費が増えたことから1997年、ミチョアカン州からの輸入だけが解禁された。

 

 米国のアボカド消費はその後、爆発的に増えた。1998年の1人当たりのアボカド消費量は0.68キロだったが、2017年には3.4キロと、20年間で5倍になった。さらに2020年には4キロに達した。2026年までには4.9キロになると予想されている。

 

 現在、米国の輸入アボカドの90%はメキシコ産だ。これによりメキシコのアボカド産業は年間売上で約30億ドル(約3兆4500億円)まで成長した。

 

 貧しいメキシコの農家はこぞってアボカド栽培に乗り出した。高収入が見込まれるアボカドは「グリーン・ゴールド」と呼ばれるようになった。

 

 消費の急増とともにアボカド価格は上昇している。米国では2月3日現在、取引の基準となる20ポンド(9キロ)1箱当たり26ドル23セント(約3016円)だったが、前年同期比で6ドル29セント(約723円)上昇した。今回の輸入停止が長引くことになれば、価格が一段と跳ね上がることは避けられない。メキシコ側の経済的損失も大きくなる。

 

 米国の輸入停止を受けてベドジャ・ミチョアカン州知事は素早く動いた。12日、在メキシコ米国大使館と連絡を取り、問題の解決を急ぐことを伝えるとともに、輸入再開を強く求めた。

 

 しかし、ロペスオブラドール大統領は違った。米国側の対応を批判し、対決姿勢を示した。14日の記者会見では「米国にアボカドを輸出したい他の国の政治的、経済的な意図が背後にある」と語り、「陰謀説」を唱えた。

 

 ロペスオブラドール大統領の発言の背景には、アボカドとは別の第一次産業分野での米国との対立がある。

 

 米通商代表部は10日、メキシコ漁船のカリフォルニア湾での違法操業で、絶滅が危惧されているコガシラネズミイルカの生息が脅かされているとして、メキシコ政府への制裁などについて協議を始めた。

 

 また、14日には米海洋大気庁が、メキシコ漁船のメキシコ湾内の米国漁港への停泊禁止などを発表した。米国によると、メキシコ漁船が長年、メキシコ湾で違法にタイ漁をしており、その報復措置だという。

 

 強気のロペスオブラドール大統領は、犯罪組織と戦うアボカド農家には不人気だ。警察や軍が形だけの取り締まりしかしないからだ。汚職や腐敗は蔓延し、犯罪組織の根絶など「夢のまた夢」。ロペスオブラドール政権では何一つ状況を変えられないとアボカド農家は考えており、大統領の「陰謀説」はアボカド農家からすれば的外れな指摘だ。

 

 スーパーボウルのテレビ中継では、メキシコのアボカド業界がCMを流した。昨年はスポンサーになることを見送ったため、2年ぶりのビッグイベントでのCMだった。古代ローマを舞台に、争いばかりしている剣闘士たちがアボカド料理を食べて穏やかになるという内容だ。放送された時、すでに輸入停止になっていた。華やかなスーパーボウルの陰に、むなしいアボカドの現実があった。

 

 

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Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

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