ウクライナ情勢が緊迫化する中、ロシアがラテンアメリカに軍事拠点を設置するのではないかという話が外交関係者の間で注目を集めている。ソ連のミサイル基地建設を巡り米ソが激しく対立した「キューバ危機」(1962年)を彷彿とさせる話だが、米国にウクライナ問題から手を引かせるため、ロシアは「米国の裏庭」であるラテンアメリカを利用して、揺さぶりをかけている。

 

 きな臭い話の発端は、ロシアのリャプコフ外務次官の言葉だ。1月13日、リャプコフ外務次官はロシアのテレビ局RTVIのインタビューで、ロシア軍基地をキューバやベネズエラなど友好国に設置することについて「はっきりしたことは言わないし、何かを排除することもしない」と語った。リャプコフ外務次官は直前の10日にスイス・ジュネーブで開かれたウクライナ問題を巡る米ロ協議のロシア側の団長だ。交渉直後の発言だけに米国をはじめ、外交関係者の耳目を集めた。

 

 発言後、米国のサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)はホワイトハウスでの記者ブリーフィングで、「こけおどしの大言壮語だ」と話し、米政権としては取り合わない姿勢を示した。

 

 しかし、国務省のニコルズ国務次官補(西半球担当)は違う反応を示した。2月3日に開かれた下院外交委員会のオンライン公聴会で「ロシアの空威張りに、いちいち反応することには抵抗を感じるが、西半球を不安定にさせる試みや、ウクライナの対立を西半球に持ち込むようなことは受け入れられない」と話した。

 

 さらに「西半球の仲間とともに、こうした試みを阻止するために動く」と語り、揺さぶりでも黙認しない考えを強調した。

 

 今、ロシア軍が軍事施設を設置するとしたらどこなのか。ソ連時代から長い友好関係があるキューバは当然、大きな候補である。しかし、外交筋などがささやくのはベネズエラのラ・オルチラ島とニカラグアのプンタ・フエテだ。

 

 ベネズエラはこのコラムでも何度か取り上げてきたが、南米きっての反米国家だ。ラ・オルチラ島は首都カラカスの北東約170キロのカリブ海上にある。ピンク色の砂浜が広がる美しい小島だが、一般人は住んでおらず、ベネズエラ軍の施設と大統領の避難所がある。元軍人で、社会主義革命の中心人物であるチャベス前大統領は2002年4月、軍の反乱分子によるクーデター未遂事件の際、一時、ラ・オルチラ島に軟禁された。

 

 軍用機や大型機が離着陸できる滑走路も整備されている。米フロリダ州は北西約2000キロに位置し、途中、キューバもあることから、ロシア軍が基地施設を設けるには絶好の島である。

 

 チャベス前大統領からマドゥロ大統領とつながるベネズエラはロシアと密接な関係にある。米国の専門家によると、この約20年間でベネズエラは、ロシアから114億ドル(約1兆3110億円)以上の武器や兵器を購入したという。

 

 2008年以降、ロシアは超音速爆撃機「Tu-160」を5年に1度の間隔でベネズエラに飛ばしている。「Tu-160」は白い機体から「白鳥」というニックネームがついている。北大西洋条約機構(NATO)では「ブラックジャック」のコードネームで呼ばれている。

 

 2018年、「Tu-160」がベネズエラに立ち寄った数日後に、ロシア政府がラ・オルチラ島にロシア軍の基地建設を検討しているとタス通信が報じた。米国のトランプ前政権がベネズエラへの圧力を強めていた時期で、ラ・オルチラ島はことあるごとに米国へのけん制の舞台として登場する。

 

 一方、ニカラグアのプンタ・フエテは首都マナグア中心部から北東に直線距離で約30キロの地点にある。マナグア湖の対岸に位置する。プンタ・フエテには空港がある。ニカラグアの空の玄関口、アウグスト・サンディーノ国際空港とは別のものだ。1980年代、社会主義革命後のニカラグア政府が戦闘機の導入を計画したが、プンタ・フエテ空港は「ミグ21」の離着陸用に建設された。約10年前に大型民間機の離着陸ができるように改修されたというが、周囲にターミナルなどはなく、利用されることはほとんどない。

 

 革命後のニカラグアはソ連と親密だった。ロシアになっても変わらず、「Tu-160」はベネズエラの後、ニカラグアにも降り立っている。

 

 ニカラグアのオルテガ大統領は2021年11月の大統領選で当選し、通算5期目。大統領選では野党候補らを弾圧し、独裁色を強めている。米国やEUなどから厳しい批判を浴びており、その分、ロシアとのつながりを強めている。

 

 この2国以外で、名前が上がっているのはアルゼンチンだ。米下院外交委員会が公聴会を開いたその日、フェルナンデス大統領はモスクワのクレムリンでプーチン大統領と会談した。2国間の経済協力の拡大で合意したが、フェルナンデス大統領は「アルゼンチンは米国への高い依存を止めなければならない」と述べた。

 

 フェルナンデス大統領の今回の外遊は北京五輪の開会式に出席することが主目的だったが、その前にあえてモスクワに立ち寄った。わずか1日の滞在だったが、プーチン大統領はフェルナンデス大統領をクレムリンに招いた。アルゼンチンは西側諸国では最も早くロシア製の新型コロナワクチン「スプートニクV」を承認した国だ。

 

 今後、アルゼンチンがロシアのラテンアメリカへの表玄関になってしまうのではないかと憂慮する声が外交関係者の間であがっている。

 

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Taro Yanaka

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 趣味は世界を車で走ること。

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