年が明け、世界各地で政治日程が再開している。イラクでも議会が始まり、議長選出などの動きが見られる。イラクでは昨年、総選挙が実施され、イランに支援されたシーア系政治勢力が軒並み得票率を落とした。アメリカのみならずイランの介入をも忌避する明確な民意が示された結果となった。イラン及びその支援を受ける勢力は、選挙結果に反発し、「不正」と主張する動きも見られ、組閣もままならない状況が続いた。

 

 こうした中、昨年の選挙で大勝したサドルは新年初の議会で、「この国に宗派主義、差別主義の居場所はない」と国内に蔓延る宗派主義、とりわけ自身も属する多数派、シーア勢力の専横を非難した。サドルはシーアの大聖職者の家系に属するが、政治スタンスはイラク愛国主義だ。かつては、反米闘争の勇士として鳴らしたが、目下最大の関心事はイランの影響力排除だ。

 

 イラクには、政府軍の指揮系統に属さないシーア系の武装勢力が存在し、イラクの宗派対立を煽る不安定要素となってきた。これらは、イスラム国がバグダッドに迫った2014年、イラクにおけるシーア最高位の聖職者アヤトラ・シスタニのジハード布告に応じ、政府により人民動員軍として準正規軍の地位を与えられた。

 

 シーア武装勢力は、イスラム国との戦いでは活躍したが、他宗派・民族の弾圧、また一般市民への抑圧的態度が問題となっていく。2017年には、クルド勢力との小競り合いから大規模な戦闘に発展し、クルド人が実効支配していたキルクークを占領する事態となり、政府とクルド人の対立は激化した。

 

 背後にはイランの指示があったと推測される。一昨年には、結成のきっかけとなったシスタニ自身も配下の武装勢力を人民動員軍から離脱させた。サドルも人民動員軍の乱暴狼藉は問題視しており、モスルが解放が完了しイスラム国掃討がひと段落した2017年8月、その解散を呼びかけたものの当時の首相アバディに拒否された。昨年、選挙での大勝後、武装勢力解散の呼びかけを改めて行い、有力な武装勢力・ヒズボラ旅団は一部の部隊を解散したと発表した。武装勢力の頭目は、ハディ・アメリなどイラク政界における大物でもあり、イランの手足となる存在だ。彼らの政治力の源泉たる武力を奪うことなしに、イラク政治をイランの影響力から解放することは叶わない。

 

 一方、イランは、一筋縄ではいかない相手だ。遠く大陸と海を隔てるアメリカとは違い、好きな時にイラクに介入できる。昨年11月、イラク首相公邸が爆弾を搭載したドローンに襲撃される事件があった。襲撃に使われたドローンはイラン製とのことで、脱イランを牽制したいテヘランの影がちらついた。民衆レベルでも、シーアの庇護者としてイランの影響力は根強いものがある。バグダッドでは、新年早々、トランプ政権時代に殺害されたイランのイスラム革命防衛隊司令官ガーセム・ソレイマニの1周忌を悼むデモ行進が行われた。こうした中、サドルはシーア以外の少数派勢力も連携をはかる。先週、イラクのクルディスタン地域を支配する2大勢力が共同の代表団をサドル派事務所に送り、両者の会談が実施された。会談後の共同会見で、サドル派側は「長期にわたる相互理解に基づく訪問を受けた」と、クルド側も「会談は有益なものであった」と発表した。独自の軍隊・ペシュメルガを有するクルドとの関係は、イラン傘下勢力と対抗する上でカギになるだろう。

 

 イラクは、石油の埋蔵量は世界第5位と推定される大産油国であり、世界への石油の安定供給にも欠かせない。また、イラクはトルコ、イラン、サウジなど中東の大国の狭間に位置する要衝だ。イランと対立するアメリカは、「シーアの三日月地帯」にくさびを打つためにもイラクの脱イラン化を切に望む。そのため、サドルは、アメリカの国際政治専門誌フォーリンポリシーで、対イラク政策におけるアメリカ最大の希望と論じられた。今年はイラク安定化の年となるか、また、アメリカのみならずイランの影響力からも脱し真の”独立”を達成できるか、サドルの動向が注目される。

 

 

Roni Namo

 東京在住の民族問題ライター。大学在学中にクルド問題に出会って以来、クルド人を中心に少数民族の政治運動の取材、分析を続ける。クルド人よりクルド語(クルマンジ)の手ほどきを受ける。日本の小説のクルド語への翻訳を完了(未出版)。現在はアラビア語学習に注力中。ペルシャ語、トルコ語についても学習経験あり。多言語ジャーナリストを目指している。