【オミクロン株の感染拡大で利用客が急減した地下鉄車内】

 

 

 今のニューヨークでは、地下鉄は乗りたくない。地下という閉鎖的な空間でオミクロン株への感染のリスクを感じること、乗務員の感染拡大で人員不足となり電車の遅れがひどいこと、治安が悪いことなどマイナス要因ばかりだからだ。街には人は多いが、オミクロン株が猛威を振るい始めて以降、地下鉄の利用客は再び急減した。財政危機が一段と深刻化し、地下鉄網が維持できなくなってしまうのではないかとの懸念もある。ニューヨーク市民の生活、経済活動の大動脈であるはずの地下鉄が、経済再生の足かせになってしまうかもしれない。

 

 地下鉄に乗って気になるのは換気の悪さだ。窓は開いておらず空気の流れを感じない。すべての路線に乗って確認したわけではないが、エアコンなどで空気を流そうとする車両に出くわしたことはない。コロナ前から、ホームや線路にネズミが走ることは当たり前だったがコロナ後も衛生状態は全く改善されていない。地下鉄がオミクロン株の感染拡大の要因になっているとの確固たる情報はないが、身構えてしまうのは当然のことだ。

 

 どこで感染したかは明らかではないが、地下鉄乗務員の感染は急増し、1月2日以降の1週間では乗務員の約21%に当たる約1300人が感染し、乗務できないでいた。このため運行本数が維持できず間引き運転を強いられているほか、BやWなど一部の路線は運転見合わせとなった。乗員の感染拡大でホリデーシーズン以降、航空便のキャンセルが相次いだのと同じ構図である。

 

 このため、利用客は長い時間ホームで待たされる。地下鉄ではあるがニューヨークの場合、約40%は地上を走っている。このところニューヨークは寒波続きで、吹雪の中で待たされる乗客も多い。

 

 ようやく電車が来ても路線や時間帯によっては車内が混雑する。「これだけは絶対に避けたい」と思う環境での乗車になる。

 

 ニューヨークの地下鉄はこのコロナ禍で、どうにかこうにか運行を続けてきたというのが実情だ。新型コロナ感染拡大後、利用客は通常より約90%ダウンとなったこともあった。その後、コロナ前の約57%まで利用客数が回復した時もあったが、オミクロン株の感染拡大で再び急減した。

 

 2021年12月初旬の1日当たりの利用客数は約340万人だったが、年が明けて2022年1月7日の利用客数は100万人以上少ない210万人となった。

 

 地下鉄を運行するニューヨーク州都市交通局はオミクロン株感染拡大前に、2024年には約162億ドル(約1兆8468億円)の予算不足に陥るとみていたが、オミクロン株による利用客の低迷が続けば、財務状況のさらなる悪化は避けられない。借金や連邦予算などからの支援が頼みの綱であるが、それにも限界がある。

 

 もう一つの利用客離れの原因は治安の悪化だ。地下鉄での犯罪発生件数自体は利用客数の減少に伴い減っているが、ニューヨーク・タイムズ紙の分析では平日の乗客100万人当たりの犯罪率は急上昇している。2021年11月の暴行事件の発生率はコロナ前の約3倍、強盗事件の発生率も2倍以上になっている。

 

 犯罪に巻き込まれないまでも、地下鉄内やホームでは麻薬中毒者と思われる人たちの奇行を目にすることは頻繁にあり、身の安全を確保するために緊張感を強いられる。また車内や駅構内に住みついてしまったようなホームレスの姿は日常的に見受けられる。

 

 市民が地下鉄を避ける環境は整いすぎている。

 

 こうした状況を受けて、地下鉄に市民を戻そうとニューヨーク州のキャシー・ホークル知事とニューヨーク市のエリック・アダムス市長が6日、マンハッタンの地下鉄フルトン・ストリート駅前でそろって記者会見し、地下鉄の安全対策について説明した。市は、市警察本部の警察官による地下鉄構内のパトロールを強化すること、州は、保護を目的とした専用施設にホームレスを移動させるための専門家チームを発足させることなどが対策の柱としている。

 

 

写真

【犯罪に巻き込まれないためにホームでも周囲に気を配らないとならない】

 

 

 アダムス市長は昨年11月の市長選で初当選し、1月1日に就任したばかり。ホークル知事はセクハラ問題で2021年8月に辞任したアンドルー・クオモ前知事から引き継いだ。クオモ前知事とビル・デブラシオ前市長は仲が悪く、それが仕事にまで影響していたため、今の知事と市長がそろって記者会見するのは、ニューヨーク市民にとっては「新鮮な出来事」で、地下鉄の現状を考えるには絶好の「政治的パフォーマンス」でもあった。

 

 アダムス市長はオミクロン株が蔓延している中でも、銀行などの大手企業は社員をオフィスに戻すべきだと主張している。自宅からのリモート勤務などができない非熟練労働者の仕事を取り戻し、ニューヨークの経済を再生させるための主張だ。

 

 CNNテレビに出演したアダムス市長は、ワクチン接種などコロナからの安全確保は当たり前のことだとしたうえで、「コロナと共にどう生きるのか、考え方を変えていかねばならない」「我々は11兆ドルのコロナ対策費を使ってきた。他の11兆ドルなんて持っていない。変異種ごとに11兆ドルなんて使えない。経済システムを活発化させていかないとならない」と訴えた。

 

 全米でもコロナ対策が厳しいニューヨークだったが、アダムス市長は財政面からみて規制だけではもはや限界であることを明言し、経済再開に大きく舵を切った。

 

 ニューヨークは他の米国の主要都市とは違い、労働者の約55%が公共交通機関に頼っている。本格的な経済の再開と地下鉄の正常化は切っても切り離せない間柄で、知事、市長は今後、地下鉄再建に注力を注ぐことになる。

 

 

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Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

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