【新型コロナ感染拡大でも不動産業界は絶好調のニューヨーク・マンハッタン】

 

 

 「今が人生で一番働いている」――。ニューヨークのマンハッタンで不動産の仲介業務に携わる友人の最近の口癖だ。会うたびにそう話している。家族や友人との時間を大切にする標準的な米国人だが、新型コロナの感染拡大が収まらないというのに、昼休みも取れずに朝から夜まで走り回っている。夜の飲み会こそないが、片時も仕事のことが頭から離れないという姿は、かつての日本の猛烈サラリーマンのようである。

 

 「要領が悪いだけじゃないの」と友人をからかったこともあったが、どうやら、わびを入れなければならないようだ。というのも、2021年のマンハッタンの不動産取引の伸びが記録的な数字になったからだ。

 

 このコラムでも紹介したように、新型コロナ感染拡大の影響で、一時ニューヨークから多くの富裕層が郊外などに転居した。店舗は営業を取り止め、オフィスから人々の姿が消えた。マンハッタンがゴーストタウン化するのではないかと本気で考えざるを得ない時期もあった。しかし、それはもはや過去の話となった。マンハッタンは専門家も予想できなかった驚くべき復元力を見せつけている。

 

 ニューヨークの大手不動産会社コーコランによると、2021年のマンハッタンでの高級アパートなどの不動産売上高は業界全体で約300億ドル(約3兆4200億円)となり、過去最高を記録した。これまでの最高だった2007年を6%も上回ったという。また契約件数は1万6600件を超え、こちらも過去最高だった。

 

 特に第3四半期(7~9月)、第4四半期(10~12月)の業績は目覚ましく、年前半の不調を跳ね返し、さらに年間で新しい記録を打ち立てるほどの活況となった。

 

 7月以降、レストランや店舗などの営業が再開した。まだまだ通常には及ばないがオフィスにも社員が戻ってきた。新型コロナ前のニューヨークに戻るという期待が、富裕層をマンハッタンの不動産に走らせた。

 

 ニューヨーク市民のワクチン接種率(2回接種済み)は73%にのぼっており、全米の62%に比べるとかなり高い。この数字も「安心指数」として、マンハッタンへの不動産投資の追い風になった。

 

 もちろん住宅金利が記録的に低いこと、新型コロナに影響で一旦は物件価値が下がったことなど、基本的な投資環境は整っていた。

 

 世界中がどんな不況に見舞われてもマンハッタンだけは栄華を誇っている、というのがこれまでの「常識」だった。人が消えたマンハッタンを歩き、この「常識」も新型コロナの前に叩きのめされてしまったのかと絶望的な気持ちになったが、今の不動産の動きを見る限りマンハッタンの「怪物」ぶりは健在のようだ。

 

 

写真

【エンパイアステートビル(中央)が部屋から見えるかどうかも不動産を選ぶ基準となる】

 

 

 大富豪による大型契約も目に付いた。大手不動産評価会社のミラー・サミュエルによると、1件あたり5000万ドル(約57億円)以上の巨額売買は少なくとも8件あったという。その中での最高値取引は、電子商取引大手アリババ集団の共同創設者でプロバスケットボールチーム、ブルックリン・ネッツのオーナーでもあるジョセフ・ツァイ氏による取引だ。

 

 220 Central Park Southの住所にある住宅用超高層ビルは、文字通りセントラルパークの南側に建てられ、2019年に販売が始まった。ツァイ氏は70階建てのこのビルの60階と61階の2フロア分全部を約1億5700万ドル(約178億9800万円)で購入したと報じられている。住宅取得価格としては全米で過去3番目の高額取引だという。

 

 ちなみに米メディアによると、史上最高額は、ヘッジファンドオーナーのケン・グリフィン氏が2019年に同じビルの4フロア分全部を購入した際の約2億3800万ドル(約271億3200万円)である。グリフィン氏はその後、他の2フロア分を買い足したという。

 

 セントラルパークの南側には歴史的にも有名な高級ホテル、プラザホテルもあり、この辺りはマンハッタンの富の象徴ともいえる地域だ。

 

 2021年の大富豪によるマンハッタンの住宅用物件購入では、アマゾン・ドット・コムの創業者であるジェフ・ベゾス氏も目立った。不動産関係者や地元メディアによるとベゾス氏は、212 Fifth Avenueの住所に建つ高層高級住宅ビルの最上階をすでに所有しているが、さらに他のフロアを買い足したという。

 

 このビルはエンパイアステートビルから8ブロックほどの位置にある中心地に建っているが、高飛車な感じのしないところが魅力の地域だ。最近まで、この近くにニューヨーク市のタクシーを管理するTaxi Limousine Commission(TLC)が指定する臨床試験場があり、多くのタクシードライバーが年に1度、薬物を使用していないかどうかの尿検査に訪れていた。

 

 経済専門のテレビチャネルCNBCは2021年の富裕層の不動産取引について、パンデミックの間に株や仮想通貨などで得た利益で不動産を買っている傾向があると分析している。自らの資産をマンハッタンの不動産にシフトしている、ということだろう。

 

 複数のブローカーは「富裕層のマンハッタンでの不動産購入の半数以上が現金取引だ」と話している。

 

 

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Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

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