中東からの撤退、対中シフトと言われて久しいアメリカ。核合意をめぐる交渉を続けるイラン関連のニュースを除けば、あれだけ軍事介入していた中東の話題は少なくなってきた。そのアメリカでは予算策定の時期を迎え、自然災害対策予算などが大きく取り上げられた陰で、防衛予算策定に絡み米軍が駐留するシリアに関する動きがひっそりと進んでいた。米下院は、アサド一族、政権幹部の資金源などを開示する法案を可決した。法案の中には、可決に必要な票を得られなかったものの、シリアのクルド勢力への支援強化に関するものもあった。その審議の中で、議会は、バイデン政権に明確なシリア戦略を打ち出すよう求めたとされる。アメリカは、イラクから撤退したが、シリアかには何か特別な目的をもって長期の駐留、同盟相手の支援を行っているように見える。

 

 まず、前述のアサド政権に関する法案からして、アサド政権―ロシア連合の完全勝利を認めることになる、シリア完全撤退は不可能であると思われる。イラクでは、一応、フセイン政権を打倒し、その後台頭した旧イラク軍の残党のイスラム国もほぼ壊滅に追い込んだ。アメリカがここで撤退すれば、シリア介入はなんら意味がなかったことになる。シリアの駐留米軍は、かつてのイラク、アフガニスタンのそれに比べれば各段に少なく、コストより撤退による損失のほうが大きいと言える。

 

 また、シリアにはアメリカがテロとの戦いで見出した唯一の現地パートナーと言ってもよい、クルド勢力の存在がある。アメリカのクルド支援の名目は、対イスラム国とそのための治安維持だ。イスラム国は、イラクではまだ各勢力の対立の間隙をぬって山地などに拠点を築き、時折、住民の誘拐やテロ攻撃を行う山賊と化し脅威となっているが、シリアでは拠点を維持するほどの勢力はなく、アメリカの助けがなくともクルド人だけで対処可能なレベルだ。となれば、クルド支援の意味は明確で、アサド政権の全土制覇阻止と中東への野心を露にしている隣国トルコ対策である。NATOの忠実な犬であったトルコは近年、急速に独裁的傾向を強め、東地中海ガス田問題、リビア内戦への介入など膨張政策を進めてきたことで欧米との対立を深めてきた。バイデン政権は最近、「民主主義サミット」を開催したが、トルコは招待されず暗に「専制国家」の一員とみなされた。そして、トルコは、中国同様、中東で「力による一方的な現状変更」を目指している。そのため、トルコ最大のウィークポイントであるクルドいう駒は捨てられないのである。

 

 中東からの撤退とは、泥沼からは抜け出す一方で、要所は固めていくということであろう。アメリカのシリア政策は対中東政策の行方を示している。

 

 

Roni Namo

 東京在住の民族問題ライター。大学在学中にクルド問題に出会って以来、クルド人を中心に少数民族の政治運動の取材、分析を続ける。クルド人よりクルド語(クルマンジ)の手ほどきを受ける。日本の小説のクルド語への翻訳を完了(未出版)。現在はアラビア語学習に注力中。ペルシャ語、トルコ語についても学習経験あり。多言語ジャーナリストを目指している。