集団で店舗に押し入り、あっという間に商品を奪っていく窃盗行為が全米に広がっている。警察当局はこの手口を「スマッシュ・アンド・グラブ」と呼び、捜査と警戒にあたっているが、荒っぽく見えて、実は用意周到なため手を焼き、大量検挙や犯行阻止につながっていない。被害だけでなく、防犯のためのコストなど企業側の負担も増加し、米国社会全体に大きな影響を与えている。

 

 バールや斧で店舗の窓ガラスやショーウィンドウを粉砕し(Smash)、店内の商品などをわしづかみ(Grab)して盗み出すので「スマッシュ・アンド・グラブ」といわれる。犯行集団は、多い場合は80人ぐらいにもなり、営業時、閉店時に関係なく、店舗を襲う。一気に侵入し、2、3分程度で現場から立ち去る。準備していた複数の車に分乗して逃走するまで極めて短時間である。通報を受けた警察官が現場に到着しても、既に容疑者は現場にいない。目だし帽などで顔を隠しているため、防犯カメラに犯行の様子が映っていても、容疑者の特定が難しい。

 

 「スマッシュ・アンド・グラブ」の背後には犯罪組織があり、実行犯は組織に雇われて犯行に及ぶケースが多いという。関係者によると、全米規模の犯罪組織が、つながりのある各地の組織に1件あたり500~1000ドル程度で犯行を「発注」するという。盗まれた商品は発注した組織の手に渡り、インターネットなどで転売されるという。

 

 こうした犯行の手口は以前からあるが、11月に入りサンフランシスコやロサンゼルスなどカリフォルニア州内で被害が相次ぎ、イリノイ州やミネソタ州など中部にも飛び火した。11月25日の感謝祭(サンクスギビングデー)をはさんだホリデーシーズンは、一段と発生件数が増えた。

 

 感謝祭の翌日は、小売業にとって最も忙しい「ブラック・フライデー」である。店舗は商品の在庫を増やしているので、「スマッシュ・アンド・グラブ」にとっては「最高のタイミング」だった。

 

 犯行現場となったのはデパートのノードストロームやブルーミングデールズ、高級ブランドのルイ・ヴィトン、バーバリーのほかドラッグストアやアイスクリーム店など幅広い。事業者からすれば「手あたり次第狙われる」状況だ。

 

 「スマッシュ・アンド・グラブ」が今なぜ、相次いでいるのか。警察官の士気の低下や刑務所が受刑者でいっぱいであることなど、米国ならではの理由がある。

 

 米国ではここ数年、警察官による黒人への暴行事件が相次ぎ発生し、問題となった。これをきっかけに警察への国民の目も厳しくなった。黒人の権利向上運動「ブラック・ライブズ・マター」が広がる要因にもなった。それと同時に警察組織のあり方が各地で議論になった。この動きは警察の予算を減らすという流れになり、現場の財源不足、ひいては警察官の士気の低下につながっている。

 

 「スマッシュ・アンド・グラブ」の多くは窃盗だ。強盗や殺人などと比べれば「軽い犯罪」となる。重大事件に追われる米国の警察官が、窃盗事件をまともに捜査しないことなど、これまでも日常茶飯事ではあったが、警察官の士気が下がれば、「二の次」扱いの窃盗事件は、より後回しとなる。犯罪組織はここにつけ入り、犯行を繰り返しているという。また、模倣犯も後を絶たない。

 

 米国の刑務所が受刑者で満杯になっていることも、警察官が窃盗を後回しにする要因になっている。米国では刑務所の収容状況を緩和させるため、軽犯罪の「非犯罪化」が行われている。マリファナが合法化されれば、マリファナ関連の受刑者はマリファナについての過去の犯罪歴が消える、という類の話である。

 

 カリフォルニア州では2014年、刑や軽犯罪への罰則についての住民投票が行われ、窃盗事件の罰則が軽減化された。重罪とみなされる窃盗額の基準が引き上げられ、盗みをしても軽犯罪としなされる範囲が広がった。

 

 11月に入っての一連の「スマッシュ・アンド・グラブ」事件も、店舗の従業員や客に危害を加えたケースは少ない。つまり、ほとんどの事件が強盗ではなく、窃盗だ。窃盗ならば、たとえ逮捕されても微罪で住む可能性が高い。犯罪組織に雇われた実行犯は、逮捕された時のリスクをあまり感じないままに犯行に打ち込める。犯罪組織も「やばい橋」を渡ることなく実行犯を雇えて、資金源にありつける。

 

 カリフォルニア州で「スマッシュ・アンド・グラブ」の発生が多いのも、罰則の軽減化が背景にあると指摘されている。「スマッシュ・アンド・グラブ」は犯行自体も「洗練」されているが、社会の動きを十分に意識した、時代に適応した犯罪なのである。

 

 専門家は全米に広がる「スマッシュ・アンド・グラブ」の波を食い止めるには、手引きしている犯罪組織を洗い出して叩くことが重要だという。それには大がかりな捜査が必要となり、窃盗に対する警察官の士気を上げてゆかねばならない。

 

 全米小売業協会によると、小売業における窃盗による損失は、2015年より約60%増加した。「スマッシュ・アンド・グラブ」だけでなく、万引きや従業員による盗みなど全ての窃盗行為による流通段階での商品減少で、棚卸損失は年間600億ドル(6兆7800億円)を超えるという。

 

 

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Taro Yanaka

 街ネタから国際情勢まで幅広く取材。

 専門は経済、外交、北米、中南米、南太平洋、組織犯罪、テロリズム。

 趣味は世界を車で走ること。

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